8月3日、スペインでも最も早い収穫地の一つであるカナリア諸島・テネリフェ島で、2026年ヴィンテージの収穫が始まりました。早速、カナリア諸島を代表するワイナリーの一つ、ビニャティゴ(Viñátigo)のぶどう栽培家兼醸造家であるホルヘ・メンデス氏に、今年のヴィンテージや栽培状況について話を伺いました。

ホルヘ・メンデス Jorge Méndez
ビニャティコ゚ ブドウ栽培家・醸造家
カナリア諸島・テネリフェ島のワイナリー、Viñátigo(ビニャティゴ)のぶどう栽培責任者兼醸造家。ラ・ラグーナ大学で農業・農村環境工学を学び、マドリード工科大学でブドウ栽培学・醸造学の修士号を取得。父フアン・ヘスス・メンデス氏が創設したViñátigoプロジェクトを継ぐ二代目であり、メンデス家5代目のヴィニュロン。アルゼンチン、チリ、ブルゴーニュなど国内外の産地で研鑽を積み、カナリア諸島の固有品種と火山性テロワールの価値を次世代へつなぐワイン造りに取り組む。2024年には、バスク・クリナリー・センターが選ぶ「Gastronomy Talent 100 Young Talents」に選出。カナリア諸島を代表する次世代の醸造家・ぶどう栽培家として、国内外から注目を集めている。@jorgemndzdz
1.2026年ヴィンテージの第一印象

アフリカ大陸北西沖に浮かぶカナリア諸島・テネリフェ島。スペイン最高峰・テイデ火山(3,718m)が育む火山性テロワールで知られる。
― 2026年ヴィンテージを一言で表現するとしたら?
「回復、均衡、そして適応」のヴィンテージです。
数年にわたる深刻な干ばつを経て、今年は恵まれた気候条件のおかげでブドウ畑が本来の活力を取り戻しました。一方で、病害のリスクが例年以上に高く、細やかな観察と柔軟な対応が求められた年でもあります。
カナリア諸島の在来品種、火山性土壌、そして大西洋性気候。この3つが織りなす環境が、唯一無二の個性を持つワインを生み出すことを改めて実感しています。
― 例年との違いは何でしょうか。
最も大きな違いは、ここ数年見られなかった寒い冬が戻ってきたことです。
ブドウ樹が休眠するために必要な十分な寒さが確保されたことで、萌芽が揃い、生育サイクル全体のバランスも非常に良好になりました。
さらに、降水量は過去5年間の平均を大きく上回りました。長く干ばつが続いていた畑にとっては、樹勢や生産力の回復、さらには土壌環境の改善という点で非常に恵まれた年でした。
その一方で、湿潤な状態が継続したことにより、真菌性病害のリスクも高まりました。特にベト病(ミルデュー)の発生を抑えるため、夏季剪定やキャノピー・マネジメント、カバークロップ(被覆作物)の管理など、例年以上にきめ細かな畑仕事が欠かせませんでした。

― スペイン本土では記録的な猛暑や森林火災が報告されていますが、テネリフェ島やカナリア諸島への影響はありましたか。
カナリア諸島は大西洋に浮かぶ島々であり、非常に特殊な気候条件を備えています。もちろん暑さの厳しい時期はありましたが、海洋の影響や貿易風、そして標高差のおかげで、本土に比べるとはるかに穏やかな環境が保たれています。私たちの大きな強みは、限られた島々の中に驚くほど多様な気候が存在することです。
海抜近くから標高1,000メートル近い畑まで、さまざまなマイクロ・クライメイト(微気候)が存在し、それぞれの品種が最も個性を発揮できる環境で育っています。
2.在来品種が語る2026年ヴィンテージ

― 今年はマルマフエロ(Marmajuelo)から収穫が始まりましたね。この品種の特徴と今年の品質について教えてください。
マルマフエロは、カナリア諸島の「ブドウ栽培遺産(Patrimonio vitícola)」─19世紀のフィロキセラ禍を免れ、自根のまま受け継がれてきた貴重な在来品種群─の中でも、特に個性的なブドウです。フレッシュさ、複雑なアロマ、そして火山性土壌由来のミネラル感が見事に調和し、この土地ならではの個性をはっきりと表現してくれます。
収穫はまだ始まったばかりなので最終的な評価を下すには早い段階ですが、現時点ではブドウの状態は非常に健全で、成熟も順調に進んでいます。

Viñátigo創設者であり、ホルヘ・メンデス氏の父でもあるフアン・ヘスス・メンデス・シベリオ氏(左)と、
日本輸入元・サラコーポレーション代表の内海紗良氏。2024年収穫時のテネリフェ島にて。
― 日本では、カナリア諸島を代表する品種といえば、
リスタン・ブランコとリスタン・ネグロのイメージがあります。今年の生育状況はいかがでしょうか。
この2品種は、私たちのワイン造りの柱となる存在です。カナリア諸島全体の栽培面積の60%以上を占め、この土地への高い適応力を証明しています。一方で、ぜひ知っていただきたいのは、カナリア諸島のブドウ畑が驚くほど豊かな多様性を持っていることです。残る約40%の畑には80品種以上が栽培されており、さらにそれぞれに多様な系統(遺伝的タイプ)が存在します。これらはフィロキセラ禍以前から受け継がれてきた極めて貴重な遺伝資源であり、世界でも類を見ない生物多様性を形成しています。
リスタン・ブランコとリスタン・ネグロも順調に生育しており、例年どおり9月頃の収穫を予定しています。今年も両品種らしいフレッシュさと、この土地ならではの個性をしっかりと表現したワインになることを期待しています。
白品種:Listán Blanco、Marmajuelo、Gual、Vijariego Blanco、Malvasía、Albillo Criollo
黒品種:Listán Negro、Listán Prieto、Negramoll、Vijariego Negro、Baboso Negro、Bastardo、Tintilla
ビニャティコ゚が栽培するカナリア諸島の13種類の在来品種(白6品種・黒7品種)。
火山性土壌と大西洋性気候のもと、多彩な土着品種が島のテロワールを表現している。
3.病害への対応と持続可能なぶどう栽培
2024年5月のビニャティコ゚訪問時、棚仕立ての畑で栽培について説明するホルヘ氏。
― 今年、病害対策で最も苦労したことと、その対応について教えてください。
いちばん難しかったのは、例年とは大きく異なる気候条件の中でブドウ畑全体のバランスを保つことでした。5年間にわたる極端な干ばつの後、この冬は寒さと豊富な降雨に恵まれました。地域によっては年間平均500mmを大きく上回る、およそ900mmもの降水量を記録しています。ブドウの木にとっては理想的な環境でしたが、真菌病害にとっても絶好の条件となりました。特にベト病の発生は非常に多く、8月に入っても胞子の活動が確認されています。私自身、これほど強い発生は経験したことがありません。
そのため、私たちが最も重視したのは「予防」です。キャノピー・マネジメントによる風通しの改善、精密な夏季剪定、被覆作物(カバークロップ)の管理、そして畑の継続的な観察を徹底しました。
ビニャティゴでは、ブドウ栽培とは自然をコントロールすることではなく、自然を観察し、そのリズムに寄り添うことだと考えています。不必要な介入を減らしながら、より強く、しなやかなブドウ畑を育てることを目指しています。
― テネリフェ島におけるフィロキセラの状況はいかがでしょうか。
フィロキセラ対策は、カナリア諸島に受け継がれてきた貴重なブドウ栽培遺産を守るために、今なお最優先で取り組むべき課題です。そのためには、生産者をはじめワイン業界全体が責任を共有し、緊密に連携しながら、継続的な監視体制を維持していくことが欠かせません。
私たちには、歴史あるブドウ畑と伝統品種を守り、世界でも類を見ないフィロキセラ禍以前から受け継がれてきた貴重な遺伝資源を、次世代へ引き継いでいく使命があります。
4.持続可能なブドウ栽培の進化
ビニャティゴでは、マスタードやアルファルファ、穀物など多様なカバークロップを活用。
自然と調和したブドウ栽培について語るホルヘ・メンデス氏。
― ビニャティゴはカナリア諸島における持続可能な栽培の
先駆者ですが、今年新たに導入した技術はありますか。
私たちは「自然に抗うのではなく、自然と共に働く」という哲学のもとでブドウを育てています。土壌の健全性を高め、土壌微生物の働きを活性化させ、カバークロップ(被覆作物)を維持することは、畑のバランスを保つための重要な要素です。
今年はさらに、天然由来の資材を活用した新たな取り組みも始めました。
生育後半に問題となるブドウの房を加害するガ類(polilla del racimo)の発生を抑えるため、天然ピレトリン(除虫菊由来の天然殺虫成分)を試験的に導入しています。
また、ベト病やうどんこ病、害虫対策としてオレンジオイルを活用するほか、灰色かび病(ボトリティス)に対しては、品種によってアスペルギルス・ニガーなどの有用微生物やキトサンを利用した代替技術にも取り組んでいます。
5.長期にわたる収穫

標高の高い「ラデラス・デ・テノ」のテラス状のブドウ畑。最下部のビハリエゴ・ネグロから
最上部のバボソ・ネグロまで、標高差と古い火山性土壌がそれぞれの個性を育んでいる。
― 今年、最後に収穫する品種は何でしょうか。
例年どおり、収穫の締めくくりはラデラス・デ・テノ地区のティンティージャです。この畑は標高が高く、成熟がゆっくり進むため、最適なタイミングまで待って収穫することができます。標高や斜面の向きが異なることで成熟時期にも幅が生まれ、数週間にわたって段階的に収穫を進められることが私たちの大きな強みです。
私たちは「一度の収穫」を行うのではありません。それぞれの区画、それぞれの品種が最も美しく表現される瞬間を見極めながら、何度にも分けて収穫しています。
6.2026年ヴィンテージへの期待
― 2026年ヴィンテージで特に期待している区画や品種はありますか。
長く続いた干ばつを乗り越え、とりわけ素晴らしい回復を見せてくれた畑には特別な思いがあります。再びバランスを取り戻し、本来の個性を表現し始める姿を見ることは、栽培家にとって何よりの喜びです。
ブドウ畑は土地の記憶そのものであり、毎年私たちに新たな学びを与えてくれます。
7.日本の皆さまにメッセージ
2025年4月、東京・北参道のワインショップ「LA GALERIE(ラ ギャルリィ)」で開催されたビニャティコ゚ファミリー来日記念テイスティングセミナー。中央は、本インタビューに応じてくれたホルヘ・メンデス氏。
― 長年ビニャティゴを応援してくださる日本の皆さまへメッセージをお願いします。
長年にわたり、私たちのワインを愛し、支えてくださっている日本の皆さまに心より感謝申し上げます。日本は、伝統や精密さ、そして本物を大切にする文化を持つ国です。その価値観は、私たちのぶどう栽培の哲学とも深く通じ合っています。
ビニャティゴの一本一本のボトルには、カナリア諸島の風景が詰まっています。火山、大西洋の気候、この土地ならではのブドウ品種、そして何世代にもわたり受け継がれてきた人々の営みです。これからも、この土地の物語と、一滴一滴に込めた私たちの情熱を、日本の皆さまと分かち合っていけることを願っています。
最後に
「回復、均衡、そして適応」──ホルヘ・メンデス氏が語ったこの言葉は、2026年のテネリフェ島北部のヴィンテージを象徴するキーワードだと感じました。自然と向き合いながらブドウを育て、フィロキセラ禍以前から受け継がれてきた貴重なブドウ栽培遺産を守り続ける姿勢に、ビニャティゴの哲学が凝縮されています。
ホルヘさん、収穫でお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。2026年ヴィンテージが素晴らしい年となることを願っています。
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Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada

