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熱波の年。銘醸地プリオラートより、2026年上半期の気候を読む

熱波の年。銘醸地プリオラートより、2026年上半期の気候を読む

熱波のニュースが駆け巡った5月


2026年5月下旬、ヨーロッパ各地は記録的な熱波に見舞われました。スペインでもラ・マンチャで40℃を超える気温が観測され、プリオラートでも40℃近くまで上昇しました。6月を前にして、すでに真夏のような暑さです。ワインの世界に身を置く者としては、どうしても気になる数字です。

今年の収穫はどうなるのか。

そこで、カタルーニャ地方プリオラート・エルモラール村で1736年からブドウ栽培を続けるグリフォイ家が所有する、樹齢100年以上のカリニェナ畑で、オーナーで醸造家のロジェール・グリフォイ・デクララに話を聞きました。

ロジェールによると、今回の熱波は北アフリカから流れ込んだ乾いた熱気が大きく影響しているといいます。そこへ高気圧が重なり、熱が上空に閉じ込められたことで気温が一気に上昇しました。近年はエルニーニョによる大気の変化も指摘されていますが、彼はそうした現象を冷静に受け止めています。

「結局のところ、大切なのは畑がどう応えるかです」

そう言ってロジェールが見つめる先には、結実したばかりの小さな果粒をつけた古木が並んでいました。



ロジェール・グリフォイ・デクララ

グリフォイ家5代目当主であり醸造家。2001年に「グリフォイ・デクララ」を設立し、2017年にはエルモラール村のテロワールに特化したプロジェクト「マウンテン・ワインズ」を始動。先祖代々受け継がれる古木と伝統を守りながら、自然に深い敬意を払い、その土地の個性を映し出すサスティナブルなワイン造りを追求している。村長を8期務めるなど地域振興にも尽力し、持続可能な農業にも取り組む。


3年続いた干ばつのあとに


「今年は雨が降ってくれました」

この一言に、この数年の苦労が凝縮されていました。 プリオラートをはじめ、カタルーニャ地方は長く深刻な干ばつに苦しんできました。古木が多く残るこの地域では、深く根を張る乾燥に強いカリニェナであっても、水不足の影響を避けることはできませんでした。

ロジェールによれば、2025年後半から今年にかけて降った雨によって、春の萌芽期には土壌に十分な水分が蓄えられていました。

「こうした状態は、この3年間にはありませんでした」

畑を見渡すと、その言葉の意味が静かに胸に落ちます。かつて渇きに喘いでいたブドウの木々は、今、満ち足りた生命力を湛えていました。

古木と、原風景を守るために




この畑では100年以上にわたり、有機栽培とドライファーミング(無灌漑栽培)が貫かれてきました。しかし、近年の苛烈な干ばつは、その強靭な古木たちにさえ深い傷跡を残しました。

ブドウの中で、このエルモラール村の風土に最も適し、圧倒的な長寿を誇るのが土着品種のカリニェナです。この地ではカベルネ・ソーヴィニヨンやシラー、メルロといったフランス系品種も栽培されていますが、プリオラートの過酷で乾燥した環境下では、彼らは100年はおろか、50年さえ生き延びることはできないといいます。それほどまでに、この地の環境は厳しいのです。

「ブドウの木を死なせないために、夜な夜なバケツで水を運んだこともあります」

斜度45度にも達する急斜面にへばりつくように佇むカリニェナの畑を見つめながら、ロジェールは静かに振り返ります。辿り着くだけでも一苦労という、陸の孤島のような辺境の畑。地中深くへ根を伸ばすカリニェナの古木だから耐えられる、という限界をとうに超える干ばつが続いていたのです。

だからこそ、青々と葉を茂らせる今年の畑の景色には特別な意味があります。命の瀬戸際にいた古木たちが、ようやく一息つき、力強く息を吹き返したように見えました。



自然は繰り返す



5月末に起きたあの異例の猛暑について尋ねると、ロジェールは少し考えてから答えました。

「気候変動だけで説明できるかどうかは分かりません」

彼は2003年のヨーロッパ熱波を覚えています。また、エルモラール村には、1940年代に1.5メートルもの積雪があったという記録も残っています。

もちろん、近年の気候の変化を否定しているわけではありません。ただ、何代にもわたり土地と実直に向き合ってきた家族の感覚として、「自然には人間の一世代だけでは見えない、もっと大きな時間軸の周期がある」という言葉には、何ものにも代えがたい説得力がありました。

「長い歴史を見ると、自然には繰り返しがあります」

その静かな言葉が、いつまでも心に深く残りました。



今は畑に力を注ぐだけ


5月の熱波により、今年の夏も厳しい気候になる可能性があります。それでもロジェールは悲観していません。もし昨年までのように干ばつが続いていたなら、状況はまったく異なっていたでしょう。しかし今年は違います。十分な雨が降り、ブドウの木は回復し、畑には力が戻っています。森は緑を取り戻し、長く干上がっていた川にも再び水が流れています。

今、求められていることは明確です。畑を注意深く見守り、生育のバランスを整えながら、迫り来る夏に備えることです。6月初旬、結実したばかりの小さな果粒は、まだ長い成熟の過程にあります。

記録的な熱波に見舞われた2026年ではありますが、プリオラートの畑は久しぶりに十分な水分を蓄え、次のヴィンテージへと確かな歩みを進めています。

この年のプリオラートが、単なる暑さの記憶にとどまらず、雨がもたらす回復力とその恵みの意味を改めて示すヴィンテージとなることを祈っています。


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Ikumi Harada

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director

スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積む。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada