サグラダ・ファミリア『イエスの塔』完成の日ーガウディ没後100年
「イエスの塔」の完成記念式典の日、バルセロナで起きていたこと 私が初めてサグラダ・ファミリアを訪れたのは2005年でした。 当時の聖堂は、完成がまだ遠い未来のことのように感じられました。地元の人々でさえ、「生きている間に完成を見ることはないだろう」と語っていたほどです。実際、終わりの見えないものの象徴として、「サグラダ・ファミリアのように終わらない」といった言い回しが冗談として使われることもよくありました。 振り返れば、もしサグラダ・ファミリアが存在していなかったら、20年前に留学先としてスペイン、そしてバルセロナを選ぶことはなかったと思います。それは私だけではないでしょう。 サグラダ・ファミリアを目的にバルセロナを訪れる人は多く、この街には美しい地中海、晴天の多い気候、陽気な人々、ガウディ建築に象徴される独特の都市景観、そして豊かな食文化が重なり合っています。そうしたすべてが、この街に惹かれる理由となり、たくさんの人々の運命の選択にも影響を与えてきました。 あれから20年以上が経ちました。 2026年6月10日、アントニ・ガウディの没後100年という歴史的な節目の日に、サグラダ・ファミリアの中心となる「イエスの塔」の完成が祝われました。 ガウディ没後100年の記念式典 2026年6月10日、バルセロナは特別な一日を迎えました。 この日、ローマ教皇レオ14世がサグラダ・ファミリアを訪問し、聖堂内ではガウディを偲ぶ記念ミサが執り行われました。数多くの信者が参列するなか、教皇はガウディの功績を称えるとともに、140年以上にわたり建設に携わってきたすべての人々へ感謝を捧げました。 教皇の訪問に伴い、市内には5,000人規模の警察官が動員され、厳重な警備体制が敷かれました。サグラダ・ファミリア周辺の道路は封鎖され、最寄りの地下鉄駅も閉鎖されました。 それでも、ローマ教皇レオ14世の姿を一目見たい、この歴史的な瞬間に立ち会いたいという思いから、大聖堂を目指して歩き続ける人々の列は途切れることなく続いていました。しかし一定の地点から先は立ち入りが制限され、聖堂にたどり着けない人々が周辺の通りに滞留し、行き場を失ったように行き交う光景も見られました。バルセロナの街全体には、いつもとは違う緊張感が漂っていました。 高さ172.5メートルの「イエスの塔」 今回完成した「イエスの塔」は、サグラダ・ファミリアを象徴する中心塔です。塔の頂上には巨大な十字架が設置され、その高さは172.5メートルに達しました。これによりサグラダ・ファミリアは、世界で最も高い教会となりました。夜になると十字架が点灯され、バルセロナの夜空に力強い光を放ちました。続いて行われたドローンショーでは、ガウディの肖像が夜空に描かれ、歴史的建築と現代技術が交差する象徴的な光景となりました。 ガウディは想像していたでしょうか バルセロナ市内にある、アントニ・ガウディ等身大の銅像 100年前、ガウディは73歳でこの世を去りました。 晩年の彼は、自らの人生のほぼすべてをサグラダ・ファミリアの建設に捧げていました。彼の設計思想は、自身の死後も建設が続くことを前提とし、後世に引き継がれることを意識したものでした。そのガウディは、自らの死から100年後、この建築が世界中の人々を魅了し続け、ローマ教皇を迎え、数え切れない人々が祈りを捧げる祭典の舞台となることを想像していたでしょうか。 物語はまだ終わらない 生まれ故郷レウスの旧市街に設置された、幼少期のアントニ・ガウディを描いたブロンズ像 サグラダ・ファミリアの建設は、ここで終わりではありません。 今後は聖堂のメインエントランスとなる「栄光の正面(グロリア・ファサード)」の建設が本格的に進められます。周辺地域との調整などの課題も残されており、教会全体の完成は今後およそ10年後と見込まれています。 かつて「生きている間に完成形を見ることはできない」と言われていた大聖堂。その大きな節目に立ち会えたことは、個人的にも大きな意味を持つものでした。自らの人生を捧げたアントニ・ガウディの建築が、1世紀を超えてなお世界中の人々に熱狂を与え続けていることに、深い感銘を受けます。 20年前、私をこの街へと導いたサグラダ・ファミリアは、着工から144年を経た今もなお、植物のようにしなやかに成長を続けています。そして10年後、グロリア・ファサードが完成し、この長い物語は到達点を迎えます。そこには、時代を超えて建設に携わってきた多くの人々の営みがあります。守り続けてきた人、建て続けてきた人、祈りを捧げてきた人、そしてこの場所に救いを見いだし、人生を変えてきた人たち。その積み重ねを思うと、この教会が人々に与えてきた影響の大きさに、胸が熱くなります。 サグラダ・ファミリアは、大切なことを教えてくれます。完成を急ぐのではなく、時間をかけて積み重ねていくこと。その過程そのものに意味があり、どのような逆境の中でも諦めずに続けていくこと。その在り方に触れながら、自分自身もまた、スペインワインと食文化を伝える者として、この国の奥行きや魅力を、より深く伝えられる存在へと成長していきたいと思います。 バルセロナで始まったこの壮大な物語を、これからも見つめ続けながら、10年後、この街でその完成を見届ける日を心から楽しみにしています。 【関連記事】・ガウディ没後100年─建築と美食が響き合う、バルセロナへ─Cocina Hermanos Torres・バルセロナ発ワインコンクール ― バルセロナワインテスト (Barcelona Wine Test) Ikumi Harada 原田郁美Journalist & Creative Director スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に惹かれ、以降スペイン各地を取材。プリオラートでのワイン造りや協会活動にも携わり、2024年に初ヴィンテージを発表。2025年にはバルセロナのワインコンクール「Barcelona Wine Test」を共同創設。株式会社Aromas代表として、輸出やマーケティング支援を手がけながら、スペインワインの魅力を発信している。WSET® Level 3。山口県出身。@ikumiharada@ikumiharada