スペインの食卓を変えたシェフ、カルロス・アルギニャーノが挑んだ究極のチャコリ造り「K5」
スペインで“知らない人はいない”と言われる国民的スターシェフ、カルロス・アルギニャーノ氏。36年以上にわたりテレビ番組でジョークを交えながら健康的な家庭料理を紹介し、多くの家庭の食卓を明るくしてきた、まさに「主婦の味方」のような存在です。私もレシピ本を愛読する大ファンのひとり。そんなアルギニャーノ氏に今回、独占インタビューが叶いました。機会をつくってくださったのは、この連載「Spanish Lifestyle」を共に執筆しているマスターソムリエ、フアン・ムニョス先生。感謝の気持ちでいっぱいです。 545 recetas para triunfar Karlos Arguiñano著スペインやラテンアメリカでのテレビで最も親しまれ、愛されているベテランシェフ、カルロス・アルギニャーノ氏による実用レシピ集。誰でも手に入る食材で、家庭でも手軽に美味しく作れる545のレシピを収録。 ビルバオでレンタカーを借り、向かったのはアルギニャーノ氏が手がけるチャコリのワイナリー「Bodega K5(K5ワイナリー)」。スペイン北部、フランス国境に近いバスク地方のサラウツの丘陵地にあります。プロジェクトは2005年、「バスクの地で最高のワインを造りたい」と願うアルギニャーノ氏と4人の仲間によって始まりました。 K5ワイナリーのあるアイア村の年間降水量は1000-1500mm サン・セバスティアン方面へ向かい、高速道路をおよそ1時間走ると、車窓には一面の深い緑が広がっています。バスク地方は“グリーン・スペイン”とも呼ばれるほど雨が多く、豊かな自然に恵まれた地域です。 高速道路を降りてバスクの小さな村 Aia(アイア)へと続く山道に入ると、道の両脇には放牧された牛たちがのんびりと草を食む姿が見られ、地中海沿岸とはまったく異なる風景が広がっていました。険しく曲がりくねった坂道に「本当にこの先で合っているのか」と不安になりながらも、「K5ワイナリー」と書かれた小さな看板を頼りに進んでいくと、やがてブドウ畑に囲まれたモダンな醸造所が静かに姿を現しました。 自然と調和するワイナリーは、2010年に完成。設計はカタルーニャの著名な建築家、Alonso & Balaguerによるもの。ワイナリーを案内してくれたのは、アルギニャーノ氏の末娘アマイアさん。「K5ワイナリー」で働く彼女の兄たちは、サラウツの海沿いにある父のホテル・レストランHotel-restaurante de Karlos Arguiñanoでシェフとして活躍しています。 15ヘクタールの自社畑が、シャトースタイルでワイナリーを取り囲むように広がっている。 標高約300m、チョルア山の南向き斜面に広がる15ヘクタールの畑では、バスク固有の白ブドウ品種オンダラビ・スリが栽培されています。ブナやナラの森に囲まれ、ビスケー湾から吹き込む大西洋の冷たい湿った風を受けながら、1株あたり2.5〜3.5kgに収量を抑え、丁寧に育てられていました。 アルギニャーノシェフの末娘のアマイアさん。畑は水はけの良い粘板岩土壌。 粘板岩や石灰岩を含む土壌が、ミネラル感と凝縮感を兼ね備えた高品質なブドウを育みます。設立以来、「K5ワイナリー」のワインは、その洗練された味わいで高く評価されてきました。醸造を手がけるのは、著名な醸造家ローレン・ロシーリョ氏。伝統と革新を融合させ、長期熟成にも耐える、エレガントで美食に寄り添う新たなスタイルのチャコリを完成させています。 カルロス・アルギニャーノシェフ、独占インタビュー 左からアマイアさん、アルギニャーノシェフ、シェフの最新レシピ本と筆者。 【原田(筆者)】アルギニャーノシェフは、いつもテレビで明るくエネルギッシュな姿を見せてくださって、見ているこちらまで元気をもらえます。その元気の源は、いったい何なのでしょうか? 【アルギニャーノ】実は特別な秘訣なんてないんですよ。私はもともとこういう性格なんです。自分の仕事が大好きですし、料理を教えたり、アイデアを紹介したりするのが楽しいんです。それに、番組でも遊び心や楽しさを大事にしています。そうした要素をすべて番組に持ち込んでいるので、自然と良い結果につながっているのだと思います。 【原田】テレビでこれまでに1万を超えるレシピを紹介されてきたとのことですが、どのようにしてアイデアを枯らさずに、常に新しいレシピを生み出していらっしゃるのでしょうか? 【アルギニャーノ】実はですね、何度か同じレシピを紹介することもあるんです。なぜなら、それが料理の基本を身につけるためにとても大切だと考えているからです。そのうえで、食材や調理法の組み合わせを変えていけば、新しいレシピはいくらでも生まれるんですよ。 【原田】現在スペインでも社会問題になっている子どもの肥満について、どのような対策が必要だとお考えでしょうか? 【アルギニャーノ】この問題には、家庭と学校の両面から取り組む必要があると思います。まず、子どもの食生活について責任を持つのは親ですから、家庭ではバランスの取れた多様な食事を用意することが大切です。そして教育現場でも、子どもたちに基本的な栄養の知識を教えると同時に、料理の授業などを取り入れれば、楽しく学べるのではないでしょうか。 【原田】バスク地方にとって、そしてアルギニャーノシェフご自身にとって、チャコリとはどういう存在でしょうか? この日試飲したチャコリ。右から2本目の「KAIAREN」は2016年ヴィンテージ。4年間瓶内でじっくり熟成され、深みと複雑さが増した特別な一本※下記に、フアン先生による詳しいテイスティングコメントを掲載しています。 【アルギニャーノ】チャコリは私たちの文化に深く根づいた飲み物です。昔はバスクの農家で自家消費用に手づくりされていました。私自身もチャコリが好きですが、以前から「もう少し酸味が穏やかで丸みのあるチャコリがあってもいいのでは」と感じていたんです。そんな話を友人たちとしていたときに、半分冗談のようなノリで「それなら自分たちで作ってみようか」と盛り上がりまして。土地を購入し、整備してブドウを植え、収穫して、ついに自分たちのチャコリを作ることになったんです。 最初は「K5」から始め、現在は「Kpilota」「Kaiaren」「K5 Vendimia Tardía」「Kilima」と、5種類のチャコリを手がけています。私たちの取り組みをとても誇りに思っています。 【原田】ある予測によると、2040年にはスペインが世界で最も長寿の国になるとも言われています。アルギニャーノシェフのレシピは「おいしくて健康的」だと評判ですが、バスクの食文化が人々の健康や長寿にどのように貢献していると思われますか? 【アルギニャーノ】私はいつも「健康的な食事には多様性が大切」と言っています。食卓にいろいろな色が並んでいるほどいいですね。そして、脂肪分や塩分、糖分の摂りすぎには注意することです。 【原田】近年、スペイン料理は「The World's 50 Best Restaurants」などでも高く評価されていますが、それでもイタリア料理やフランス料理ほど海外のホテルやレストランでは見かけません。これはなぜだと思われますか? 【アルギニャーノ】イタリア料理もフランス料理も、本当に素晴らしいものですし、それぞれが上手に世界へ発信してきた結果だと思います。ただ、スペイン料理もきっとこれからです。焦らず、着実に前に進んでいきましょう。 【原田】最近では、スペインの家庭でも調理済み食品が増えているようですが、今後の家庭料理の未来についてはどのようにご覧になっていますか? 【アルギニャーノ】確かに、スーパーなどでは出来合いの食品が増えています。でも、私は楽観的です。料理は楽しいですし、自分で作ることで健康的な食生活も保てます。私はこれからも、家庭で料理をすることの楽しさを伝え続けていきたいですね。 バカラオ・アル・ピル・ピル。バスク地方の伝統料理で、干しタラをオリーブオイルでじっくり煮込んだ一品。写真は、ワイナリーから車で約15分の海辺にある、カルロス・アルギニャーノが手がけるホテル・レストランの一皿。 【原田】最後に、日本やアジアでスペイン料理、そしてチャコリをはじめとするスペインワインの魅力をより広く伝えていくためには、どのような取り組みが効果的だとお考えでしょうか? 【アルギニャーノ】やはり、両国が協力して、料理とワインを一体で紹介・プロモーションしていくことが鍵になると思います。食とワインは切っても切れない関係ですから、一緒に楽しんでもらうことで、それぞれの魅力がより深く、自然に伝わります。そうした取り組みこそが、スペインの味をより多くの人に届ける一番の近道ではないでしょうか。【原田】...