9月18日
スペイン・カタルーニャ州プリオラートのエルモラール村では、ワインの仕込みの最盛期を迎えています。私自身も、長年ワイン造りに携わるワイナリー、グリフォイ・デクララ。冬から春にかけては恵みの雨があったものの、夏はほとんど雨が降らず、厳しい暑さが続きました。収穫も例年より約2週間早い、9月2日に始まりました。とはいえ、暑さや干ばつをただ受け入れるわけではありません。長年の経験をもとに、その年の気候とブドウの状態を見極めながら、一つひとつ栽培の判断を重ね、より良いヴィンテージを目指します。今年、醸造責任者として25回目の収穫を迎えたグリフォイ・デクララのロジェール・グリフォイ・デクララ氏に、2026年の気候にどう向き合い、どのような対策を講じてきたのか。そして、今年のヴィンテージをどう見ているのか、話を聞きました。

Roger Grifoll Declara
ロジェール・グリフォイ・デクララ
グリフォイ・デクララ 栽培・醸造責任者
スペイン・カタルーニャ州プリオラート、エルモラール村のワイナリー、グリフォイ・デクララのオーナー兼醸造家。1736年まで遡る家族のブドウ栽培の歴史を受け継ぐ。アルバロ・パラシオスをはじめ、複数のワイナリーで研鑽を積み、2001年に「グリフォイ・デクララ」設立以来、醸造責任者を務める。2017年にはDOモンサンから離脱し、エルモラールに特化した独自カテゴリー「マウンテン・ワインズ・エルモラール(MWEM)」を始動。現在は、DOCaプリオラートとMWEMの2つのエリアでブドウを栽培し、それぞれのテロワールを生かしたワイン造りに取り組んでいる。Wine Enthusiast』「スペイン最高の28のワイン(40$以下)」(2016年)選出、『CERVIM』金賞。『Decanter』『Wine Advocate』など主要なワイン専門メディアでも高く評価され、世界最優秀ソムリエ、アンドレアス・ラーションの「TASTED」では「Top Wines of the World」(2025年)に選出。エルモラール村長を8期務めるなど地域の発展にも尽力し、持続可能な農業とプリオラートの地域社会の未来にも取り組んでいる。@grifolldeclara
1. 2026年ヴィンテージの第一印象

―2026年のブドウは、ここ数ヶ月、どのような経過をたどってきましたか?
今年は、冬から春にかけて十分な水分が土壌に蓄えられた一方、夏は極端に乾燥し、厳しい暑さが続くという、対照的な一年となりました。冬と春に蓄えられた水分は、ブドウ樹にとって一種のクッションとなりました。生育初期に必要な水分を確保できたことで、健全な樹体を維持し、良好な状態で夏を迎えることができました。しかし、その後は、限られた水分をブドウ樹がどのように利用していくかが重要になりました。
ここがブドウ栽培の興味深いところです。ヴィンテージの品質は、単純に雨がどれだけ降ったか、気温がどこまで上がったかだけで決まるものではありません。その環境にブドウ樹がどう反応したのか、そして私たちが栽培家として、剪定の段階から樹の生育バランスをどのように整えてきたのかが、大きく関わります。今年は、ブドウ樹が持つ高い適応力を実感すると同時に、畑や区画による生育の違いも、非常にはっきりと現れました。

―暑さと乾燥は、ブドウの成熟にどのような影響を与えましたか?
高温と降雨不足によって、ブドウの成熟の進み方にはさまざまな影響が現れました。収穫自体は早まりましたが、すべての成熟が一様に進んだわけではありません。だからこそ、糖度だけを見るのではなく、酸やフェノール類を含め、ブドウ全体の成熟度とバランスを見極める必要があります。私たちが目指しているのは、単に十分に成熟したブドウを収穫することではありません。ブドウを構成するさまざまな要素が、それぞれ適切なバランスに達したタイミングを見極めることです。
そして、2026年をひとつの言葉で表すなら、
私は「Recuperación(回復)」だと思います。
プリオラートでは、ここ3年間にわたって深刻な干ばつが続き、ブドウ樹は厳しい水分ストレスを受け、収量も大きく落ち込んでいました。今年は冬から春にかけて雨に恵まれたことで、土壌に水分が蓄えられ、ブドウ樹の状態にも回復が見られました。その後は厳しい暑さと乾燥が続きましたが、春までに蓄えられた水分が今年の生育を支えました。だからこそ、2026年は単に「暑くて乾燥した年」ではなく、長く続いた干ばつからブドウ樹が回復へ向かった年として捉えています。
― 2026年のヴィンテージを特徴づけたものは何でしょうか?
もちろん気候は大きな要素です。しかし、それと同じくらい重要なのが、各区画がそれぞれ異なる反応を示したことです。極端な気候条件のもとでは、テロワールそのものだけでなく、それを読み取り、適応する栽培家の判断が、ブドウの品質を大きく左右します。2026年は、栽培の計画や日々の管理、そしてブドウ樹の状態に応じた対応が、これまで以上に重要になった年でした。
たとえば、収量をどの程度に抑えるのか、いつ剪定を行うのか、区画ごとの水分条件にどう対応するのか。すべてを一律に考えるのではなく、それぞれの畑とブドウ樹の状態を見ながら判断していく必要があります。こうした栽培家の適応力と判断の積み重ねが、最終的な品質につながります。だからこそ、2026年をひとつの「ヴィンテージ」として一括りにすることはできません。同じ地域、同じ収穫期のなかにも、区画ごとに異なる条件と成熟の進み方があり、いわば数多くの小さなヴィンテージが存在するのです。
2. エルモラール村とプリオラートの風景

プリオラートの南西端に位置するエルモラール村。村内にDOQ PrioratとDO Montsant、
2つの原産地呼称のエリアが広がる、希少なテロワールを持つ村
― グリフォイ・デクララのワインに個性を与えている、エルモラール村ならではの特徴とは何でしょうか?
DOCaプリオラート(カタルーニャ語表記ではDOQ)とDOモンサンという、二つの原産地呼称の境界に位置していることも、この土地の特徴のひとつです。だからこそ、エルモラール村には多様な土壌が存在します。プリオラートを象徴する粘板岩(リコレリャ)だけでなく、マウンテン・ワインズのエリアでは、リコレリャに加えて、粘土、シルト、石灰岩など、異なる土壌が混在しています。
プリオラートは、決して一様な産地ではありません。村ごとの地理的な位置や標高、斜面の向き、土壌、地形、そして区画ごとに異なるミクロクリマが、ブドウ樹の生育や成熟にそれぞれ異なる影響を与えます。私たちにとって重要なのは、そうした違いを理解し、それぞれの区画が持つ個性をワインの中に表現することです。
3. ガルナッチャ、カリニェナ、
プリオラートの土着品種
― 2026年、ガルナッチャとカリニェナはどのような成熟をしましたか?
どちらも、この土地の気候に長い年月をかけて適応してきた品種ですが、その表現には違いがあります。ガルナッチャは果実味やボリューム、豊かな表現力をもたらす一方、カリニェナは骨格や酸、深みを与えてくれます。特に暑い年には、カリニェナの持つ酸とストラクチャーが、ワインのバランスを保つうえで重要になります。

― 最初の収穫はガルナッチャ・ブランカ
9月2日、今年最初の収穫となったのはガルナッチャ・ブランカでした。前年より約15日早いスタートでしたが、ここでも、収穫時期を単純にカレンダーだけで判断することはできないと改めて実感しました。
グリフォイ・デクララでは、ブドウ樹の生育状況を細かく観察し、果実の状態や味わいを確かめながら、収穫のタイミングを判断します。カレンダーが示すのは「収穫できる時期」であって、「収穫すべき瞬間」は、ブドウそのものが教えてくれるのです。

昨日まで順調に生育していた樹齢約25年のガルナッチャ。極端な暑さによって成熟の進行が止まり、
果実の脱水が始まっている
― 若木と古木の違い
9月6日、プリオラートは再び厳しい暑さに見舞われました。アフリカからの熱風が吹き、気温は40℃近くまで上昇。一部の区画では、ブドウ樹が高温と乾燥の影響を受け、果実の脱水が進みました。ここで興味深かったのが、若木と古木で、その反応に明らかな違いが見られたことです。
樹齢20~35年ほどの若木では、極端な暑さによる水分ストレスの影響が強く現れ、成熟の進行が停滞したように見える状態や、果実の脱水が進んだものがありました。樹齢60年ほどのカリニェナにも、同様の反応を示したものが見られました。一方、樹齢70年を超える古木では、厳しい暑さのなかでも成熟の進行を比較的維持し、果実の状態を安定して保つなど、高い耐性を示しました。ロジェールは、この違いを単純に「根が深いから」とは考えていません。長い年月をかけてその土地の環境に適応してきたことに加え、ブドウ樹が抱える果実量とエネルギーのバランス、そして栽培家が積み重ねてきた管理の違いが関係していると考えています。
特に重要なのが、熱波が来る前の準備です。6月にはグリーンハーべストを行い、意図的に収量を抑えることで、ブドウ樹に過度な負荷をかけないようにしました。あらかじめ果実の負荷を軽減しておくことによって、厳しい暑さに備える余力を残しておく。極端な気候に対応するには、暑さが来てから対処するのではなく、その前の栽培管理が重要なのです。
ロジェールは、古木について興味深い表現をします。長年この土地で生きてきた古木は、自らがどれだけの果実をつけ、どのようにエネルギーを配分すればよいのかを「知っている」といいます。熱波のような極端な条件に遭遇しても、成熟を完全に止めることなく、その環境に適応していく。その姿を、長年ブドウ樹を見てきたロジェールは、まるで樹自身が培ってきた経験であるかのように捉えています。しかし、すべての区画が同じように対応できるわけではありません。熱波の後には、どの区画で脱水が進んでいるのか、どのブドウ樹が成熟を継続しているのかを見極め、収穫の順番を変える必要があります。成熟のサイクルが大きく影響を受けた区画では、状態を見ながら、より早く収穫するという判断も求められます。
― 樹齢100年以上のカリニェナの収穫
9月11日、樹齢100年以上のカリニェナを収穫しました。
今年もこの畑で収穫できることに感謝したい、特別な畑です。ほかの若い畑では、高温と乾燥によって果実の脱水が進み、果粒が萎縮したブドウも見られましたが、この古木の畑では、そのような果実はほとんど見られませんでした。急斜面にへばりつくように、腰をかがめながら立つ古木たちは、収量が少なく、房も粒も小さい一方で、一粒一粒が健やか。しっかりとした酸と凝縮感、そして深い味わいを保っていました。1910年に植栽された古いブドウ樹から生まれた果実とは思えないほど、生命力に満ちています。実際にそのブドウを手に取り、味わいを確かめたからこそ、この古木が持つ力を強く実感しました。長い年月にわたってこの土地に根を張り、幾度もの厳しい気候を越えてきたブドウ樹。その姿には、言葉では表しきれない強さを感じ、深い畏敬の念を抱きます。
4.厳しい気候に適応するブドウ栽培

― 厳しい気候に対して、どのような栽培を行っていますか?
気候変動への適応とは、単に新しい技術を導入することではありません。ブドウ樹と土壌をよく観察し、その状態を見極めながら、その年の条件に合わせて栽培を調整していくことです。私たちは、限られた水分をできるだけ有効に使い、土壌を守りながら、ブドウ樹の樹勢と果実負荷のバランスを見ています。その出発点のひとつが剪定です。剪定では、残す芽の数や結果枝(果実をつける枝)の数を調整し、ブドウ樹の生育能力に見合った果実量にすることで、樹への負担をコントロールします。また、温暖化によって生育・成熟のタイミングが早まるなかでは、その進行を適切に調整することも重要です。例えば、遅延剪定によって萌芽を遅らせ、その後の生育ステージを後ろにずらし、成熟期をより涼しい時期へ移す方法を取り入れています。
―こうした取り組みは、プリオラートのアイデンティティを守るうえでも重要なのでしょうか?
もちろんです。気候が変化すれば、栽培方法も変えていかなければなりません。しかし、適応することが、プリオラートらしさを失うことにつながってはいけないと思っています。私たちが目指しているのは、変化する気候に対応しながらも、この土地が持つ個性をワインに残すことです。気候に合わせて栽培を変えていく。でも、その結果、どこでもつくれるようなワインになってしまっては意味がありません。プリオラートのテロワールを守りながら、変化に適応していく。そのバランスこそが、これからのワイン造りにとって大切だと思います
5. 畑の個性を、ワインへ

―畑の個性をワインに表現するために、醸造で最も大切にしていることは何でしょうか?
私にとって、原則はシンプルです。ワイナリーで何かを加えて「良くする」のではなく、ブドウ畑ですでに備わっているものを、できるだけ損なわずにワインへつなげることです。適切な収穫時期の見極め、ブドウの選別、温度管理、過度な抽出を避けること、そして樽の使い方。そうした一つひとつの判断が重要ですが、年を重ねるほど、私は介入の多さではなく、その一つひとつの判断の「精度」を重視するようになりました。ある区画が特有の質感やミネラル感、香りを持っているのであれば、私たちの役割は、それをブドウ畑からワイナリーへ、そしてワインへと、できるだけ忠実につないでいくことです。
― ここ数年で、ワインの造り方は変わりましたか?
はい。経験を重ねるほど、ワイン造りとは「何をするか」だけではなく、「何をしないか」を知ることだと感じます。私たちは、より精密で、過度な介入を避けながら、果実味やフレッシュさ、そしてテロワールの表現を保つ醸造を目指すようになりました。テクノロジーは重要です。しかし、本当の知識とは、それを「いつ使うのか」、そして「いつワインそのものに委ねるのか」を判断することなのだと思います。
―フレッシュさを保つために、特に重要なのはどのような判断ですか?
その答えは、ブドウがワイナリーに入ってから始まるものではありません。すでにブドウ畑で始まっています。標高や土壌、斜面の向きなど、その畑の条件を理解したうえで、剪定の段階からブドウ樹の生育と果実負荷のバランスを考え、適切なタイミングで収穫する。そこで得られたブドウの状態を見極めながら、醸造では温度を管理し、過度な抽出を避け、アルコール、酸、果実味、ストラクチャーの調和を目指します。私にとって、フレッシュさとは、ワイナリーで後から「つくる」ものではありません。ブドウ畑で、その土台をつくり、収穫から醸造までの一つひとつの判断によって、それをできるだけ損なわずにワインへつないでいくものなのです。
6. プリオラートの未来

― 今後10年間、プリオラートが向き合うべき課題は何でしょうか?
私は、大きく二つあると考えています。水と、次の世代です。
まず水です。これは地中海沿岸のブドウ栽培にとって、今後ますます重要な課題になるでしょう。限られた水をどのように管理し、ブドウ樹に必要な分をいかに効率よく届けるのか。水資源の確保と適切な利用は、プリオラートの将来に直結しています。
そして、もう一つが、山間部でのブドウ栽培をどう次の世代につないでいくかです。プリオラートの急斜面やテラス状の畑は機械化が難しく、多くの労力を必要とします。先日収穫した樹齢100年以上のカリニェナの畑もその一つです。機械を入れることができない急斜面で、今も人の手によって栽培と収穫が行われています。こうした畑を守っていくためには、若い世代がこの土地でブドウを育てることに価値を見いだし、仕事として成り立つ環境をつくっていかなければなりません。
気候への適応はもちろん必要です。しかし、それと同時に、山間部で培われてきたブドウ栽培の技術と、その仕事を担う人を、次の世代へつないでいくことも重要です。
7. 日本の皆さまにメッセージ

左から、2012年よりグリフォイ・デクララのワイン造りに携わる筆者、ブドウ栽培を担当するロジェールの弟
ポール、そして栽培・醸造責任者のロジェール・グリフォイ・デクララ
― 長年にわたりグリフォイ・デクララのワインを支持してくださっている日本の皆さまに、伝えたいことはありますか?
まず、皆さんの信頼に心から感謝しています。私自身の経験から、日本の皆さんは品質や文化を理解し、深く尊重することを知っていると感じています。それは、私たちのワインへの理解だけでなく、人生そのものへの理解にもつながっていると思います。
日本で誰かがグリフォイ・デクララのボトルを開けるとき、単にワインを飲んでいるのではありません。エルモラール、プリオラート、私たちのブドウ畑、そして家族の歴史の一片を味わっているのです。私たちは、ただ気に入ってもらえるワインではなく、そのワインがどこから来たのか、私たちの歴史を語るワインをつくりたいと思っています。そして、いつか皆さんにこの唯一無二の風景を訪れて、実際に感じていただけたら嬉しいです。私たちがこの風景を守っていくために、皆さんにもその一部を感じていただければと思っています。長年、日本にワインを届けてきて何より嬉しいのは、世界の反対側に友人や家族がいると感じられることです。日本は、私の人生の歴史の一部なのです。
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(カタルーニャ州政府観光局寄稿)
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Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada