三つ星レストラン「Cocina Hermanos Torres(コシーナ・エルマノス・トーレス)」を訪ねて
2026年6月10日は、バルセロナを象徴する建築家アントニ・ガウディの没後100年という節目の日です。ガウディは、19世紀末から20世紀初頭にかけてスペイン・カタルーニャ地方(特にバルセロナ)を中心に花開いた芸術・建築様式"モデルニスモ"(自然界に見られる曲線や装飾性を特徴とする様式)を代表する存在として知られています。この日に合わせて、サグラダ・ファミリアでは、大聖堂の最も高い塔である「イエスの塔」(172.5m)の完成を記念した祝祭が行われます。

また今年バルセロナは、ユネスコ(UNESCO)と国際建築家連合(UIA)から「Capital Mundial de l’Arquitectura 2026(2026年 建築の世界的首都)」に指定されています。市内では「アニョ・ガウディ(ガウディ・イヤー)」として、1,500を超える建築・都市デザイン関連の展示やガイドツアー、ワークショップなどが予定されています。
ガウディ建築をガストロノミーの側面から体現している存在のひとつが、バルセロナの三つ星レストラン「コシーナ・エルマノス・トーレス」です。今回、実際にレストランを訪れ、料理を味わいながら、双子のシェフトーレス兄弟が、料理を通してガウディの思想やバルセロナという街との関係性をどのように表現しているのか、お話を伺いました。
ガウディの風景とともに育った双子のシェフがつくる世界

レストランがあるのは、レス・コルツ地区。かつての工業用倉庫を改装した、約800平米の広く、天井の高い開放的な空間です。オーナーシェフは、セルヒオ・トーレスとハビエル・トーレス。スペイン国内でも広く知られる双子のシェフで、テレビやメディアにもたびたび登場する、国民的な人気を誇る存在です。
グエル公園の近くで育った二人にとって、ガウディの建築は特別な対象というより、日常の風景の一部だったといいます。
「意識して学ぶものではなく、自然と身体に入っていたものだった」
という言葉が印象的でした。その感覚は、彼らがつくる料理や空間の捉え方にもつながっています。
空間設計を手掛けたのは建築家カルレス・フェラテール。中央に大きなオープンキッチンを据え、その周囲を客席が取り囲む構成です。料理人の動きや火入れ、香りの変化までがそのまま空間の一部となり、食体験全体がひとつの流れとして設計されています。
料理はもちろんですが、このレストランの魅力は「完成されたコースを食べる場所」というより、キッチンとダイニングの境界が溶けた空間そのものにあります。ゲストは次のメニューを待つ時間も含めて、料理が生まれる過程を自然に体験していきます。
セルヒオはアラン・デュカスやプルセル兄弟のもとでフランス料理の技術を磨き、ハビエルはサンティ・サンタマリアの名店「ラコ・デ・カン・ファベス(2013年閉店)」で料理長を務めるなど、それぞれの場所で研鑽を積んできました。
異なる経験を積んだ二人が、2018年にその夢を共に実現したのがこのレストラン、「コシーナ・エルマノス・トーレス」です。
グエル公園で過ごした子ども時代の自由な感覚と、世界の名だたる厨房で培われた経験が、一皿ごとに自然に重なり合い、二人の視点が共存することで、記憶に残る奥行きのある料理が生まれていました。
ガウディ建築を、トーレス兄弟はどう料理に表す?
料理は、ガウディ建築をそのまま再現するというより、自然や素材への向き合い方を重ねるところから生まれているように感じました。実際に料理を味わいながら、またインタビューや写真を見ながら話を聞く中で、その考え方が少しずつ立体的に伝わってきました。
たとえば、「Corte helado de pipas de girasol verdes(緑のひまわりの種のアイス)」は、ガウディ初期作品「エル・カプリチョ」の装飾に使われたひまわりのモチーフから着想を得た一皿だと聞きました。
ガウディは晩年、質素な食生活を送り、菜食中心の食事を好んでいたといわれています。朝食に牛乳に浸したレタスを口にしていたという逸話も残っています。そのエピソードに着想を得たという「キュウリ、イチジクの葉、アーモンドミルクの螺旋」は、野菜を主体とした一皿で、たしかにガウディ建築に見られる螺旋の造形を思い起こさせます。
バルセロナは、まるでガウディの巨大な美術館

「Cebolla de Fuentes(フエンテスの玉ねぎ)」のタルトレットも印象的でした。モチーフになっているのは、バルセロナの歩道で日常的に目にする花模様の舗石「パノット・デ・フロール」。街を歩けば自然と視界に入ってくる、バルセロナを象徴するデザインのひとつです。さらにガウディ自身も、パセオ・デ・グラシアの舗石「パノット・ガウディ」を手掛けています。
街のいたるところにガウディの建築やデザインが息づくバルセロナは、まるで都市全体がガウディの美術館のようです。その感覚を、トーレス兄弟は料理の中にも自然に落とし込んでいました。
使われているのは、兄弟の両親の故郷でもあるフエンテス・デ・エブロ産(Cebolla Fuentes de Ebro DOP)の大ぶりでみずみずしく、驚くほど甘みのある玉ねぎ。街の記憶と家族のルーツ、その両方を重ね合わせながら、バルセロナへの愛情を感じさせる一皿です。
春のメニューが映す、香り立つ彩りと口福

私が訪れた3月24日は、ちょうど春のメニューが始まった時期でした。
森の香りを凝縮した「Bocado de bosque(森のひと口)」から始まり、「Consomé de Primavera(春のコンソメ)」へと続きます。味の重なりはとても繊細で、軽やか。春の生命力と鮮やかな彩りが一皿ごとに広がり、季節そのものを五感でたどるような流れの中で、なんとも言えない幸福感に包まれました。
熟成イカ、鶏のコンソメとキャビア(海と山の幸)
CALAMAR CURADO, CONSOMÉ DE AVE Y CAVIAR(Mar y montaña)

地中海産白エビ、貝類、ウニ、海藻とシトラス
(地中海とカンタブリア海)
GAMBA BLANCA DEL MEDITERRÁNEO, MOLUSCOS, ERIZO DE MAR, ALGAS Y CÍTRICOS
(Mediterráneo / Cantábrico)

イベリコ豚骨付きロースの「トリンチャット」、自家熟成、キャベツのジュとクリスピーな根菜
(カタルーニャ:2025年世界美食地域)
‘TRINXAT’ DE CHULETA DE CERDO IBÉRICO, MADURADA EN CASA,
JUGO DE COL Y RAÍZ CRUJIENTE.
(Catalunya, Región Mundial de la Gastronomía 2025)
カタルーニャの伝統的な家庭料理であるトリンチャットを、レストランで自家熟成させたイベリコ豚の骨付きロースを主役に据えて再構築しています。本来の素朴な味わいは、洗練されたキャベツのジュ(ソース)やクリスピーな根菜へと昇華され、家庭料理に根ざした“やさしい記憶”を、現代的な技術で丁寧に引き上げた象徴的な一皿でした。
また、この料理には「Catalunya, Región Mundial de la Gastronomía 2025(カタルーニャ:2025年世界美食地域)」の称号が添えられており、カタルーニャの食文化への敬意と誇りが伝わってきました。
グラスに注がれたスペイン、そして世界へ広がる旅
ヘレスのルイス・ペレスによる「Villamarta 2015」はパロミノ種の新たな魅力を引き出した一本。

さらに、「Vega Sicilia Valbuena 5º año 2021」の落ち着いたエレガンスも、カタルーニャ風ホロホロ鳥に見事に調和し奥行きを与えていました。
カタルーニャ風ホロホロ鳥、フレッシュローリエとコルセローラ産松の実(子供の頃の思い出)
PINTADA A LA CATALANA, LAUREL VERDE Y PIÑONES DE COLLSEROLA.
Recuerdos de la infancia
スペインワインを軸にしながらも、アルゼンチンのズッカルディ「Fósil 2022」、ロワールのディディエ・ダグノー、イタリア・エトナのMonteleone「Anthemis 2023」、南アフリカのPaul Cluver「Noble Late Harvest 2021」、ポルトガルのJosé Maria da Fonseca「Alambre 20 Años」など、世界各地のワインも織り交ぜられ、グラスを重ねるごとに景色が移り変わっていくような、まるで世界を旅しているような高揚感がありました。
ガウディ建築を、ガストロノミーとともに深く味わう
2026年のバルセロナは、建築を目的に訪れる人にとっても、美食を目的に訪れる人にとっても、特別な一年になるはずです。
サグラダ・ファミリアやカサ・ミラ、カサ・バトリョ、グエル公園を訪れたあと、「コシーナ・エルマノス・トーレス」を訪れると、その体験は食を通してより具体的につながっていきます。トーレス兄弟が大切にしている「純粋さ」「色彩」「自然への敬意」という姿勢は、ガウディがバルセロナという都市に残した感性を、現代の料理として受け継いでいるようにも感じられます。
「コシーナ・エルマノス・トーレス」の料理は、カタルーニャの郷土料理を土台にしながら、それを現代的な感性と確かな技術で丁寧に再構築したもので、ここでしか成立しない一皿へと仕上げられています。見た目の美しさと軽やかな味わいが印象的で、体にもすっとなじむような、やさしい構成です。
コース全体は一皿ごとに静かに流れをつくり、最後のデザートで心地よく結びます。その積み重ねの中に、ガウディの建築に通じる発想や、この土地に根付く文化と創造性が自然に感じられ、バルセロナという街への理解をより深める体験となりました。
ガウディ建築を“見る”だけでなく、食体験として味わう。そうした時間が生まれることも、バルセロナの大きな魅力のひとつなのかもしれません。2026年、建築と美食が響き合うこの街を、ぜひ五感で楽しまれてみてはいかがでしょう。
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Cocina Hermanos Torres (コシーナ・エルマーノス・トーレス)
住所: Carrer del Taquígraf Serra, 20, Les Corts, 08029 Barcelona
Web: www.cocinahermanostorres.com
Instagram: @hermanostorres
スペインワインと食協会は、「スペインワインと食文化を囲み、高品質なスペインの魅力を皆さまと体感すること」を原点に、一過性ではないスペインブームを築く活動をしています。今後もスペインワインと食を真ん中に、新しい取組みや情報をご提供して参ります。
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Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada


