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地中海ワインの未来を語る国際シンポジウム、カタルーニャで初開催【レポート】

3月24日、スペイン北東部のワイナリー・Perelada(ペララダ)で「第1回 地中海ワイン・シンポジウム」が開催されました。会場にはマスター・オブ・ワインやトップソムリエ、ジャーナリストなど、世界中から200名を超えるワイン関係者が集結。地中海沿岸の20のワイナリーが参加し、試飲や講演を通じて、地中海が気候・文化・食・ワイン・観光が融合するユニークなワイン産地であることを発信しました。


修道院跡「カルメル会教会」で幕を開けた本会では、「共有する遺産を守る」という理念のもと、「地中海のワイン文化」「伝統と革新」「気候変動とアルコール規制」といった現代的テーマを軸に、地中海地域が共有する課題と可能性について活発な議論が展開。実行委員長のフアンチョ・アセンホ氏のもと、地中海ワインの魅力と将来への展望を多角的に掘り下げた意義深い一日となりました。

歴史・気候・風土から紐解く 地中海ワインの本質


 ジョセップ・ロカ氏、地中海ワインの本質を語る — シンポジウム開幕講演

カタルーニャ州ジローナの三つ星レストランで、世界のベストレストラン50で二度一位に輝き殿堂入りした名店『エル・セレール・デ・カン・ロカ』のソムリエであり共同経営者でもあるジョセップ・ロカ氏が、今年のシンポジウムで開幕講演を務めました。近年注目が高まる「低アルコールワイン」や「ノンアルコールワイン」について触れつつ、ロカ氏はあらためて“本物”の地中海ワインの価値を強調しました。

「アルコールもまた、ワインの伝統の一部です」と語るロカ氏は、健康志向の高まりがワイン文化の本質を見失わせかねないと警鐘を鳴らします。土壌や風土が映し出されたワインこそが地中海の精神を体現しているとし、「“健康ブーム”という名の思考停止が、ワインの本質を奪ってしまう」と訴えました。

ノンアルコールワインに関しても、「人工的にアルコールを除去したものより、私はむしろ、ブドウ本来の味わいが息づくモスト(葡萄果汁)を選びたい」と語った言葉が印象的でした。

革新的な料理やワインペアリング、ホスピタリティで世界の注目を集め続けるジョセップ・ロカ氏ですが、その根底にあるのは、カタルーニャの風土と地中海文化への揺るぎない敬意です。「革新とは、伝統の延長線上にあるもの」と語り、地中海ワインに宿る“太陽の恵みと力強さ”を守ることの大切さを静かに、しかし力強く伝えていました。

「軽やかな白ワインも素晴らしいですが、それだけでは地中海の個性は語れません」と語るロカ氏。豊潤で存在感のあるワインの魅力を見直し、地中海ワインの多様性と本質に、あらためて目を向ける必要があると呼びかけました。

【関連記事】三つ星レストランが拓く、ジローナの美食革命 El Celler de Can Roca

完全予約制で実施された人気テイスティング。Celler Pereladaのデルフィ・サナウハ氏が、「気候・テロワール・品種・地域性・人間性」という5つの価値観を、5種のワイン、5品種、5ヴィンテージで表現しました。

気候変動がもたらす、地中海ワインの岐路


モハメド5世大学(モロッコ)の教授であり、国際的な気候研究の第一人者であるマリア・スヌーシ氏

地中海ワインの未来について、スヌーシ氏は決して楽観的ではありません。
「このまま温室効果ガスの排出が続けば、2100年には地球の平均気温が現在より4〜6℃も上昇し、ブドウ畑は今の場所では育たなくなり、約1,000kmも北へ移動せざるを得なくなるかもしれません」と警鐘を鳴らします。そうなれば、今のような地中海のブドウ畑は将来姿を消してしまう可能性もある―氏はそんな危機感を強く訴えました。

近年続く干ばつも、その兆しのひとつにすぎません。「今後は極端な気象現象がますます増えていくでしょう」と語り、豪雨や雹、さらには異常な降雪など、これまで想像もできなかったような天候が地中海沿岸のブドウ畑を襲う可能性があると指摘しました。
フランス国立農業・食品・環境研究所(INRAE)の研究技師で、気候変動とブドウ栽培の適応研究を牽引するナタリー・オラ氏

「手を打つなら、いまです」。オラ氏は、気候変動がもたらす地中海ワインへの影響に対して、今こそ行動が必要だと訴えかけます。
気候への適応や生物多様性の維持、新たな栽培地の開発、サステナブルな醸造技術、そしてテロワールの保護——これらはすべて、未来の地中海ワインを守るための重要な柱であると強調します。

「構造的な変革を起こすには、もうあまり時間が残されていません。まだ間に合うけれど、その扉は急速に閉じつつあるのです」。科学的なデータに裏打ちされたその言葉は、決して大げさではありません。地中海という豊かな土地で育まれてきたワイン文化を次の世代へと受け継ぐために生産者だけでなく、私たち消費者もまた、その未来に責任を持ち、行動を起こす時が来ています。


地中海を表現するワイナリー20社がペララダに集結



会場中央のショールームは、主催ワイナリーであるペララダ(スペイン)を中心に、注目の造り手たちが集結しました。
スペインからは、4キロス、カサ・グラン・デ・シウラナ、グティエレス・デ・ラ・ベガ、ビクトリア・オルドニェス。
イタリアからは、マッセリア・リ・ヴェリ、ペトラ、プラネタ、サン・サルヴァトーレ1988。ギリシャからは、アルテミス・カラモレゴス、リララキス、ミクラ・ティラ、トルピス・ワイナリー。フランスからは、シャトー・デュ・ピバルノンとマ・ザミエル。
そしてその他にも、ドメーヌ・ヴィコント・ド・ヌー・マリニック(スロベニア)、シャトー・ムサール(レバノン)、シャトー・ロスラン(モロッコ)、コルヴス(トルコ)、ヴーニ・パナイア(キプロス)、ズラタン・オトク(クロアチア)と、各国を代表する生産者が参加しました。

次回はトスカーナで開催予定

初開催ながら、地中海ワインの現在と未来を語る場として確固たる地位を築いた本シンポジウム。閉会式では、ペララダのボルハ・スケ氏が、第2回開催地としてイタリア・トスカーナの名門ペトラ社を発表し、MWのアンドレア・ロナルディ氏に開催のバトンを託しました。

 

フアン先生オススメのワイン

AIRES DE GARBET(アイレス・デ・ガルベット)
──
地中海のエッセンスを映す赤ワイン
Winery: Celler Perelada




 

真に“地中海ワイン”と呼ばれるためには、いくつかの条件が必要です。ひとつは、ブドウ畑が地中海性気候にあること。アイレス・デ・ガルベットに使われるブドウは、カタルーニャ北東部、カプ・ダ・クレウス自然公園内の地中海の陽光をたっぷり浴びる畑で育ちます。もうひとつの要素は土壌。このワインの畑は、スレート(粘板岩)土壌です。そして、灌漑を行わない“乾地栽培”であることも大切な条件のひとつ。土地と太陽の力だけで育ったブドウは、この内海とその大地の力強さを映し出します。

使用されるブドウ品種は、地中海の典型ともいえるガルナッチャ・ネグラ(黒ガルナッチャ)。色調、香り、なめらかさ、いわゆる“旨味”に富んだ、地中海らしさを体現する品種です。

このワインは、まさに太陽と乾いた大地の恵みそのもの。アルコール感は非常に純粋で、果実味もやさしく広がります。皮ごとじっくりマセラシオン(醸し)した後、300Lのフレンチオーク(トロンセ産)樽で15ヶ月熟成。さらに瓶内での静かな熟成を経て完成します。

外観は深く鮮やかな紫。香りは赤い果実の完熟したアロマが広がり、地中海の花々やバルサミコのようなニュアンスが重なります。口に含むとフレッシュでボディがあり、成熟したタンニンが感じられ、余韻も長く、今飲んでも、熟成させても楽しめる赤ワインです。

長期熟成にも向きますが、個人的には夏の暑さが訪れる前に楽しむのがおすすめ。赤身肉やジビエ(野兎など)との相性は抜群ですし、肉の旨味を引き立てるミートソースのパスタとも好相性。熟成感のある羊や山羊のチーズはもちろん、ジローナ産の水牛チーズ、サモーラ産の「ブレサ・デ・ブーラ」などの硬質チーズとも素晴らしいマリアージュを見せます。

締めくくりには、カカオ90%のダークチョコレートにエキストラヴァージン・オリーブオイル(AOVE)と塩の結晶をひとつまみ──そんな大胆な組み合わせにも、このワインはしっかりと応えてくれるはずです。地中海の魅力を一杯に詰め込んだ1本を、ぜひ。

SALUD Y AMOR…..MUCHO AMOR
フアン・ムニョス – あなたのソムリエ


Juan Muñoz フアン・ムニョス

Juan Muñoz フアン・ムニョス
Master Sommelier

ワイン、飲料、グルメ食材の国際的な権威。スペイン、ラテンアメリカにソムリエ協会を設立し、各国の名門大学で教育に携わる。現在、アカデミー・オブ・サムリエ(ASMSE)会長兼、El Corte Inglésの専門学院で教鞭をとる。14冊の専門書を発表、「フランス農事功労賞」を授与されたスペイン唯一のソムリエ。カタルーニャ最優秀ソムリエ(1987年)、スペイン最優秀ソムリエ(1993年)、欧州最優秀ワイン・美食コミュニケーター(2007年、ロンドン)など、受賞歴多数。ブラジル世界大会ファイナリスト(1992年)。スペイン、メキシコ、アルゼンチン、ウルグアイなどでソムリエ育成を先駆け、世界のワイン文化発展に貢献している。
@juanmunozramos


Ikumi Harada

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director

スペインワインとガストロノミー専門ジャーナリスト。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとして、クリエイティブな視点と戦略的思考を培う。2005年から留学を機にスペイン食文化に魅了され、その研究に人生を捧げる。2009年から日本・アジア市場でスペインワインの輸出とプロモーションに従事。2011年に「スペインワインと食協会(AGE)」を創設し、クリエイティブディレクションや執筆を通じてスペイン食文化の普及と市場拡大に寄与している。2012年、プリオラートでワイン造りを始め、2024年に自らの初ヴィンテージをリリース。2025年より、フアン・ムニョス氏と共同企画「Spanish Lifestyle」連載開始。WSET® Level 3, Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada