バルセロナの魅力を語るとき、地中海の存在は欠かせません。その青い海を臨む港のひとつ、オリンピック港(Port Olímpic)が昨年、新たな息吹とともに生まれ変わったことをご存知でしょうか。かつては観光地特有の素朴さと雑多な空気が漂っていたこのエリアが、いまや「Balcó Gastronòmic(グルメ・バルコニー)」として、洗練された美食の舞台へと進化を遂げています。
潮風がやさしく吹き抜けるテラス席、目の前に広がる美しいビーチ。そして、炭火に香ばしく焼かれる魚介の香り―そんな五感を満たす時間を叶えてくれる、こだわりのバスク料理店をご紹介します。
バスク語で"潮の香り"を意味する「Kresala(クレサラ)」

店名 “Kresala(クレサラ)” は、バスク語で「潮風」や「潮の香り」を意味する言葉。その名のとおり、海と火の出会いが生むバスクの食文化を象徴するレストランです。
手がけたのは、世界各地でバスク料理を展開する【サガルディグループ】。ナバーラの名店「Bidea 2」の炭火焼き職人グレゴリオ・トローサ氏と、グループ創設者であるミケル&イニャキ・ロペス・デ・ビニャスプレ兄弟がタッグを組み、伝統と革新を融合させた「バスク式魚介炭火焼き」の真髄を、ここバルセロナで表現しています。
バルセロナのニュースポット「Balcó Gastronòmic(グルメ・バルコニー)」に、2024年9月オープン。地元カタルーニャを代表する新聞『El Periódico(エル・ペリオディコ)』にて、「2024年にバルセロナで新規開業したレストランの中で最も優れた店」に選ばれるなど、その実力は早くも高く評価されています。
バスクの魂を、バルセロナ、世界に伝える親善大使

左から、「Spanish Lifestyle」でお馴染みのフアン先生、筆者、
そして、サガルディグループの創設者であり、シェフでもあるイニャキ氏

Juan Muñoz フアン・ムニョス
Master Sommelier
ワイン、飲料、グルメ食材の国際的な権威。スペイン、ラテンアメリカにソムリエ協会を設立し、各国の名門大学で教育に携わる。現在、アカデミー・オブ・サムリエ(ASMSE)会長兼、El Corte Inglésの専門学院で教鞭をとる。14冊の専門書を発表、「フランス農事功労賞」を授与されたスペイン唯一のソムリエ。カタルーニャ最優秀ソムリエ(1987年)、スペイン最優秀ソムリエ(1993年)、欧州最優秀ワイン・美食コミュニケーター(2007年、ロンドン)など、受賞歴多数。ブラジル世界大会ファイナリスト(1992年)。スペイン、メキシコ、アルゼンチン、ウルグアイなどでソムリエ育成を先駆け、世界のワイン文化発展に貢献している。
@juanmunozramos
「クレサラ」をはじめとした、サガルディグループの創設者であり、シェフでもあるイニャキ・ロペス・デ・ビニャスプレ氏は、バスク地方出身。1981年にバルセロナ大学で人類学を専攻し、その文化的背景への深い理解をベースに、1995年、弟のミケル氏とともに、バルセロナでバスク料理店「IRATI(イラティ)」を開店しました。
実は筆者が2005年に語学留学でバルセロナに滞在していた当時、初めて「ピンチョス」やバスク料理に触れたのがこの店でした。今回の取材を通じてその記憶がよみがえり、深い感慨に包まれました。
「バスク料理を、バスク以外の場所で正しく伝えること」。
この理念こそが、サガルディグループの成長と信頼の礎です。現在、バルセロナをはじめ、マドリード、ポルト、ロンドン、アムステルダム、ブエノスアイレス、バレンシアなど、世界各地に29店舗を展開。そのすべてがイニャキ&ミケル兄弟の直営店であることにも、品質へのこだわりと責任感が表れています。
さらにスペイン国内には、グループ専用の自社農園を5カ所所有。漁師をはじめとする信頼のおける生産者たちと直接やりとりを行い、食材の鮮度と品質を徹底的に追求しています。
インタビューを通して感じたのは、「本物のバスクの食文化を世界に届けたい」というイニャキ氏の揺るぎない情熱。その想いは、店づくりから料理、コンセプト、サービスの細部に至るまで、確かに息づいていました。
バスクやガリシアから新鮮厳選された、最高の魚介

「クレサラ」で味わえるのは、オンダリビアやガリシア、バルセロネータ、ロセスなど各地の港で水揚げされた旬の魚介類です。カンタブリア海やガリシアから届く魚介は、夜のうちにトラックでバルセロナへ運ばれ、翌朝には新鮮なまま店に届きます。大西洋側の海は地中海とは異なり波が荒く水温も低いため、魚の身が引き締まっているのが特徴です。魚の旨味を最大限に引き出すために、1〜2日間じっくりと逆さに吊るしてから、バスク伝統の直火焼台(parrilla)で炭火焼きにされます。
バスク伝統の“パリージャ”で、炭火で焼き上げた真鯛
地中海の絶品赤海老は、濃厚なミソと甘みが特徴
ガリシア産マテ貝の生仕立て キャビア香る至福の一品
幻の高級甲殻類「サンティアギーニョ」に出会う
前列左から赤海老、そして二番目の黒くずんぐりとした甲殻類は、
幻の海の珍味「サンティアギーニョ」
訪問時、イニャキ氏が「今日はガリシアからサンティアギーニョが届いたんです」と紹介してくださいました。7〜10cmほどの小さな甲殻類で、見た目はハサミのないロブスターのようですが、はるかに小ぶり。スコップ状に広がる触角と、甲羅の縁に走る濃赤色のトゲが特徴です。
茹で上がると、その背に「サンティアゴの十字架(クルス・デ・サンティアゴ)」が浮かび上がるという、神秘的な姿を見せる希少な甲殻類。ガリシア沿岸の岩場に生息し、漁期がごく限られているため、市場に出回ることは稀です。現存する最古の甲殻類とも言われ、その味わいと価値の高さから、“海の宝石”と称されるにふさわしい存在だと、フアン先生は語ってくれました。こんな希少な魚介と出会えるのも、「クレサラ」ならではの特別な醍醐味です。
デザートは、炎のベイクド・アラスカ。
香ばしく焼き上げたメレンゲに包まれたアイスケーキを、目の前でフランベ。立ちのぼる炎とともに、最後のひと皿まで“火”の演出で魅せてくれました。
豊富なワインセレクション
ワインリストは200種以上を誇り、
中には市場にほとんど出回らない希少ボトルも。
イニャキ氏が最初の一杯に選んでくれたのは、バスク原産のブドウ品種・オンダラビ・スリを使用した、シャンパーニュ製法のスパークリング・チャコリ「Artadi Izar-Leku」。キレのある酸と繊細な泡立ちが絶妙で、魚介の旨みと寄り添いながら、美しく共鳴していました。
次に登場したのは、味わいはもちろん、アーティスティックなエチケットでも印象に残る「OXER WINES」のチャコリ。使用品種は、オンダラビ・スリとオンダラビ・スリ・セラティア。豊富なミネラル感とキリッとした酸に加え、ふくよかな広がりがあり、潮風を思わせる余韻が静かに続きます。
バルセロナの美しい海を眺めながら、バスク伝統のParrilla(パリージャ)文化を堪能できる「クレサラ」。火と海が織りなす極上の美食体験ができる、フーディー必見の新たな注目スポットです。炭火の香りに包まれた新鮮な食材が、バスクの食文化の奥深さを物語ります。バルセロナでその息吹を、ぜひ体感してみられてはいかがでしょう。
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Kresala(クレサラ)
住所: Port Olímpic, Moll de Gregal, local 1, Sant Martí, 08005 Barcelona
Teléfono: +34 936 35 83 33
Web: https://restaurantkresala.com/es/
Instagram: @kresala.restaurant

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミー専門ジャーナリスト。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとして、クリエイティブな視点と戦略的思考を培う。2005年から留学を機にスペイン食文化に魅了され、その研究に人生を捧げる。2009年から日本・アジア市場でスペインワインの輸出とプロモーションに従事。2011年に「スペインワインと食協会(AGE)」を創設し、クリエイティブディレクションや執筆を通じてスペイン食文化の普及と市場拡大に寄与している。2012年、プリオラートでワイン造りを始め、2024年に自らの初ヴィンテージをリリース。2025年より、フアン・ムニョス氏と共同企画「Spanish Lifestyle」連載開始。WSET® Level 3, Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada