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ベルモットから紐解く、スペインの食文化

ベルモットから紐解く、スペインの食文化

監修:フアン・ムニョス(Juan Muñoz)
執筆・編集:原田郁美 (Ikumi Harada)

スペインのベルモット、その歴史と進化

ワインをベースに、ハーブやスパイス、果皮などの植物由来の素材(ボタニカル)で香りや味わいを加えてつくられる「ベルモット(Vermut / Vermú)」。

スペインでは、単なる食前酒という枠を超え、食文化や人々の社交と深く結びついた飲み物として親しまれてきました。なかでもカタルーニャ州タラゴナ県のレウス(Reus)は、19世紀末からベルモットの生産・流通が盛んになり、スペインを代表するベルモットの街として発展しました。一方、現在のスペインのベルモットは、原料となるワインやボタニカルの選択、熟成方法、さらには料理とのペアリングまで、その表現は大きく広がっています。

今回は、スペインのワインと食文化を知るうえでも欠かせないベルモットについて、その歴史からレウスで花開いたベルモット文化、そして現代の新しい楽しみ方まで、”VERMUT:Todo el universo de la bebida de modaの著者でもある、フアン・ムニョス先生の監修のもと、深く紐解いていきます。


Juan Muñoz フアン・ムニョス

Juan Muñoz フアン・ムニョス
Sommelier

ワイン、飲料、グルメ食材の国際的な権威。スペイン、ラテンアメリカにソムリエ協会を設立し、各国の名門大学で教育に携わる。現在、アカデミー・オブ・サムリエ(ASMSE)会長兼、El Corte Inglésの専門学院で教鞭をとる。14冊の専門書を発表、「フランス農事功労賞」を授与されたスペイン唯一のソムリエ。カタルーニャ最優秀ソムリエ(1987年)、スペイン最優秀ソムリエ(1993年)、欧州最優秀ワイン・美食コミュニケーター(2007年、ロンドン)など 、受賞歴多数。ブラジル世界大会ファイナリスト(1992年)。スペイン、メキシコ、アルゼンチン、ウルグアイなどでソムリエ育成を先駆け、世界のワイン文化発展に貢献している。
@juanmunozramos

そもそも「ベルモット」とは?


ベルモットは、ワインをベースに、ハーブやスパイス、果皮、樹皮など、さまざまな植物由来の素材を加えて風味をつけた「アロマタイズドワイン(Vino Aromatizado:フレーバードワイン)」の一種です。


古代地中海にまでさかのぼるルーツ

ベルモットのルーツは、古代地中海世界にまでさかのぼります。古代ギリシャやローマでは、ワインにハーブやスパイスなどの植物を加える習慣があり、こうした伝統が、後のハーブ入りワインへとつながっていきました。



薬用酒としての歴史から、食前酒へ

ベルモットの歴史をたどると、植物やハーブをワインに加えて飲む、古くからの薬用酒の伝統につながります。

ハーブやスパイスは、独特の香りや苦味をワインに与えます。こうした植物をワインに加えることで、通常のワインとは異なる、複雑な風味が生まれていきました。

「ベルモット」という名前自体は、ドイツ語でニガヨモギを指す「Wermut」に由来しています。そのニガヨモギも、古くから薬用植物として利用されてきた植物の一つです。その強い苦味を持つ性質から、ハーブ入りワインなどにも用いられてきました。


一方、「アペリティフ(食前酒)」という言葉は、ラテン語の「aperire(開く)」に由来するとされ、食事の前に飲む酒という文化的な意味へと発展していきました。

こうした植物を用いたワインや食前酒の伝統は、ヨーロッパ各地で発展し、18世紀から19世紀にかけて、ベルモットは次第に現在のような飲み物として確立されていきます。




フランスでは白く辛口のスタイルが発展する一方、イタリア、特にトリノでは、赤く甘味と苦味を備えたスタイルが発展し、近代ベルモットを代表する二つの大きな方向性が形づくられていきます。薬用的な性格を持つ飲み物から、社交の場で楽しまれるアペリティフへと、その位置づけを変えていきます。そして19世紀後半になると、こうしたヨーロッパにおけるベルモットの発展を背景に、やがてスペインでも独自のベルモット文化が形成されていくことになります。



"ベルモット"と呼べる条件とは?EUの正式な定義

現在のEU規定では、ベルモットは「アロマタイズドワイン(フレーバードワイン)」の一種として定義されています。ワインをベースにアルコールを加え、さらにヨモギ属(Artemisia)の植物由来成分によって、特徴的な風味が与えられています。

一方、アロマタイズドワインそのものについては、ブドウ由来製品を75%以上使用することなどが定められています。したがって、ベルモットは単にハーブやスパイスで香りをつけたワインではなく、EUの規定に基づく明確なカテゴリーとして位置づけられています。

また、EU規定では、糖分量に応じて「extra-dry(エクストラ・ドライ)」「dry(ドライ)」「semi-dry(セミ・ドライ)」「semi-sweet(セミ・スイート)」「sweet(スイート)」といった表示を使用するための基準が定められています。「dry」は糖分50g/L未満、「sweet」は130g/L以上とされています。

こうした法的な区分がある一方で、実際のベルモットの味わいは、ベースとなるワイン、使用するボタニカル、甘味、苦味、酸味、そして熟成方法などによって大きく異なります。同じ「ドライ」でも、生産者や地域によって味わいの表現には幅があります。


スペインのベルモットを語るなら「レウス」


生まれ故郷レウスの旧市街に設置された、幼少期のアントニ・ガウディをかたどったブロンズ像



スペインのベルモットを語るうえで、ぜひ知っておきたいのが、カタルーニャ州の都市レウス(Reus)です。

アントニ・ガウディの生まれ故郷としても知られるレウスは、もともと蒸留酒をはじめとする酒類の生産が盛んな土地でした。19世紀末になると、この街でもベルモットの生産が発展し、イタリアなどで発展したスタイルを背景に、地元のワインや地中海のボタニカルなどを生かしたベルモットづくりが盛んになっていきました。



20世紀初頭には、レウス市内に約30の生産者と50以上のブランドが存在するまでに発展し、ベルモットは重要な産業であると同時に、街の社交文化にも深く根づいていきました。

19世紀末のカタルーニャでは、複数の地域でベルモット産業が形成されていました。そのなかでもレウスは、生産と流通の拠点として大きく発展し、ベルモット文化を象徴する街の一つとなりました。現在も、100年以上の歴史を持つブランドを含む多くの生産者が、この地域のベルモット文化を伝えています。


La hora del vermut(ベルモットの時間)

スペインのベルモット文化を理解するうえで、もう一つ欠かせない言葉があります。それが「La hora del vermut(ラ・オラ・デル・ベルムット)」です。

直訳すれば「ベルモットの時間」。

週末の昼食前、家族や友人とバルに集まり、あるいは家でベルモットを飲みながら、軽い料理をつまみ、会話を楽しむ。そこには、飲食そのものだけではない、ゆったりとした社交の時間があります。

特にカタルーニャでは、「fer el vermut(ベルモットをする)」という表現が使われます。これはベルモットを飲むことだけでなく、ベルモットを囲んで食事や会話を楽しむ時間そのものを指す、地域に根づいた習慣です。

ベルモットは、こうして食前に楽しむアペリティフであると同時に、人々が集い、会話を楽しむ社交文化の一部となっています。


”ベルムテリア”という新しい場所



こうしたベルモット文化を、現代のスタイルで楽しめる場所として知られているのが、「ベルムテリア(Vermutería)」です。

ベルムテリアは、ベルモットを中心に楽しむバルや飲食店を指す言葉です。昔から続いてきた「ベルモットの時間」という社交習慣を、現代の飲食店のスタイルで受け継ぐ場であると同時に、多彩なベルモットを楽しめる場所でもあります。

ベルムテリアでは、こうした文化のもと、さまざまなタイプのベルモットを味わうことができます。よく冷やしたベルモットに氷を入れ、オレンジやレモン、オリーブなどを添えて楽しむスタイルが一般的です。また、カタルーニャで親しまれてきた「シフォン(Sifón)」から炭酸を加える飲み方もあります。

昔ながらの「ベルモットの時間」は、現在もさまざまな店やスタイルを通して楽しまれています。


伝統の先に生まれる、新しいベルモット


バスク州アラバ県のオンダラビ・スリ(Hondarrabi Zuri)をベースにしたベルモットと、バスクを代表するピンチョス「ヒルダ」。
ボタニカルの香りとチャコリ由来の爽やかな酸が、ヒルダの酸味と塩味、辛味に好相性


ベルモット文化の中心地の一つであるレウスだけでなく、現在ではスペイン各地でベルモットが造られています。たとえばガリシアでは、アルバリーニョなどの地元品種を生かしたベルモット、バスクではチャコリをベースにしたベルモット、アンダルシアではシェリーの伝統や古いソレラ熟成を取り入れたベルモットなど、それぞれの土地のワイン文化を背景に、個性豊かなスタイルが生まれています。


カタルーニャ・ピレネー山脈のトゥイシェントの酒蔵で造られる、日本酒をベースにしたベルモット。バルセロナの創作イザカヤ「Alapar」でも愛される一杯


さらに、日本酒とピレネー山脈のハーブを組み合わせたものや、シードルをベースにしたベルモットなど、ワインという枠を越えた発想から生まれるスタイルも登場しています。

こうしてスペインのベルモットは、地域固有の品種や醸造文化を映し出しながら、新たな素材や発想も取り込み、多彩なスタイルへと進化を続けています。

こうしてスペインのベルモットは、それぞれの土地が持つワイン文化や素材を取り込みながら、多彩なスタイルへと進化を続けています。


なぜベルモットは料理に合う?
甘味・苦味・酸味の絶妙なバランス

タルタ・デ・カサルとバスク牛のセシナ、ベルモット

トルタ・デル・カサール(Torta del Casar)とバスク牛のセシナ。
エストレマドゥーラの濃厚でクリーミーな羊乳チーズと、熟成牛肉の旨味に、
プリオラートのガルナッチャと地中海のハーブが織りなすベルモットを合わせて


ベルモットの魅力は、ワインの果実味と酸味に、さまざまなハーブやスパイスがもたらす複雑な香り、そして甘味と苦味が重なり合うところにあります。ひと口の中に多様な要素を持つからこそ、料理との組み合わせにも幅があります。

アペリティフとして親しまれてきたベルモットには、伝統的に、オリーブやアンチョビ、塩味のきいたナッツ、ポテトチップス、魚介の缶詰(conservas)などが合わせられてきました。

その楽しみは、カジュアルなアペリティフだけにとどまりません。ブルーチーズや長期熟成チーズ、フォアグラなど、風味やコクの強い食材とのペアリングもおすすめです。ベルモットの甘味、酸味、苦味が、料理の塩味や旨味、脂味と響き合い、それぞれの味わいを引き立てます。

バルセロナの三つ星レストラン「Cocina Hermanos Torres」のアペリティフにも
ノンアルコールのベルモット。出汁のように料理に奥行きを与える、その発想と進化に驚かされる


さらに近年では、ガストロノミックなレストランでもベルモットが取り入れられています。アペリティフとして楽しむだけでなく、ソースなどの隠し味に使われることもあります。

ベルモットは、その多様な味わいと香り、そして飲み方を生かし、カジュアルな一皿からガストロノミーまで、さまざまな料理と楽しむことができるお酒なのです。


ベルモットは、もっと自由に。
そして、もっと世界へ。


レウス・ベルモット博物館(Museu del Vermut de Reus



スペインのベルモットの魅力は、長く受け継がれてきた伝統と、現代の新しい発想が自然に共存していることにあります。

「ラ・オラ・デル・ベルムット(La hora del vermut)」と呼ばれる、昼食前のひとときを家族や友人と楽しむ文化。ベルムテリアで交わされる会話と、ゆったりと流れる時間。

その一方で、各地のブドウ品種を生かした新しいスタイルや、さまざまな料理とのペアリングなど、ベルモットの楽しみ方は今も広がり続けています。

アペリティフとして楽しまれてきたのも、ベルモットならではの魅力です。ボタニカル由来の複雑な香りや苦味は食欲を刺激し、食事の前の一杯として親しまれてきました。そして今では、ガストロノミーとのペアリングを楽しんだり、ベルムテリアで気軽に味わったり、さらには音楽とともに楽しむ夜の一杯や、若い世代がカクテルとして選ぶなど、その舞台は昼から夜へ、伝統から新しいシーンへと広がっています。

ベルモットは、ワインを愛する人にとっても、新しい発見のあるお酒です。歴史を知れば、その一杯の背景が見えてくる。料理と合わせれば、味わいの新たな表情が見えてくる。そして何より、肩肘張らずに人と語らいながら楽しめる。ベルモットは、シーンや世代を超えて、人が集い、会話が生まれ、楽しい時間を共有するきっかけをつくってくれる飲み物なのです。

もしかすると、その本当の魅力は、味わいだけではないのかもしれません。一杯をきっかけに人が集まり、会話が生まれ、日常に小さな幸福が生まれる。そんな時間を生み出す力こそが、ベルモットがこれからも愛され続ける理由なのではないでしょうか。

スペインで育まれてきたこの文化が、日本へ、そして世界へ。新しい世代やさまざまな食文化と出会いながら、ベルモットを囲む豊かな時間が、これからさらに広がっていくことを願っています。


もう一歩、ベルモットの世界に踏み込みたい方へ


ここまでご紹介したのは、ベルモットの世界へのプロローグにすぎません。フアン・ムニョス氏の著書『ベルモット』には、ベルモットの歴史はもちろん、さまざまな国や地域のベルモット文化について、さらに幅広く、深く紹介されています。もっとベルモットの世界を知りたい方には、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。



VERMUT:Todo el universo de la bebida de mod
フアン・ムニョス著



そしてこれからも、ベルモットの奥深く、まだ知られていない魅力を、LOHASPAIN「Spanish Lifestyle」で、少しずつご紹介していきたいと思います。スペインから、さらにディープなベルモットの世界へ。どうぞこれからもお楽しみに。



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Ikumi Harada

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director

スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada