浅草橋駅からほど近く、赤い看板の下に行列が絶えない老舗町中華「水新菜館(みずしんさいかん)」。1897年、初代・寺田新次郎さんが果物店「水新」として創業したのが始まりです。フルーツパーラーや喫茶店を経て、1974年、4代目店主の寺田規行さんが本格的な中華料理店へと転身。名物の五目あんかけ焼きそばをはじめ、確かな味と温かなもてなしで、長年、街の人々に親しまれてきました。
4代目店主で、「水新菜館」マスターこと寺田規行さんと、名物の五目あんかけ焼きそば
名店を支えるのは、マスターこと寺田規行さん、息子でソムリエの寺田泰行さん、そして料理長の北原翔悟さん。マスターの人を惹きつける接客、寺田ソムリエの豊富なワインの知識と確かなサービス、北原料理長の料理人としての技が、この店ならではの魅力を生み出しています。
2025年4月、そんな「水新菜館」で開催されたのが、スペイン・カナリア諸島テネリフェ島のワイナリー「ボデガス・ビニャティゴ」の醸造家ファミリーを迎えたメーカーズディナーです。下町の中華料理と、大西洋に浮かぶ火山島のワイン。一見意外な組み合わせが、料理とワインの新たな魅力を引き出しました。造り手を囲んで参加者同士の会話も弾み、ペアリングの発見はもちろん、食を通じて人と人がつながる、心に残るひとときとなりました。
土着品種を未来へつなぐ、ビニャティコ゚のワイン造り

「ボデガス・ビニャティゴ」は、テネリフェ島北部のラ・グアンチャを拠点とする家族経営のワイナリーです。創設者のフアン・ヘスス・メンデスは、科学的な知見を生かしながら、カナリア諸島に伝わるブドウ品種の研究と保存に長年取り組んできました。妻のマリア・エレナ・バティスタも醸造家として品質管理を担い、息子のホルヘ・メンデスは、次世代を担うブドウ栽培家兼醸造家としてスペイン国内外で注目されています。
左から「ボデガス・ビニャティコ゚」のフアン・ヘスス、マリア・エレナ・バティスタ、ホルヘ・メンデス
カナリア諸島のワイン造りを特徴づけるのが、火山性土壌と、島に受け継がれてきた83品種の土着品種です。ヨーロッパの多くの産地がフィロキセラ禍に見舞われた際も、島々ではその被害が長く抑えられ、自根の古木が残されてきました。
ビニャティゴでは、リスタン・ブランコやリスタン・ネグロなど13品種(白6品種・黒7品種)を栽培し、それぞれの個性と土地の特徴をワインに表現しています。
当日は、ワイナリーやブドウ畑の映像も上映されました。島の風土や栽培環境、造り手の仕事を知ることで、グラスの向こうにあるテネリフェの風景がより鮮明に感じられました。
中華の旨味と、火山島ワインの個性が響き合う

左:「水新菜館」マスターの息子であり、元「トゥールダルジャン 東京」のソムリエ。
現在は「水新はなれ 紅」のオーナーソムリエを務める寺田泰行さん。
右:ボデガス・ビニャティゴのワインの日本輸入元、サラコーポレーション代表の内海紗良さん。
当日は、寺田ソムリエがセレクトしたビニャティゴのワインを、北原料理長が手がける中華料理とともに楽しみました。リスタン・ブランコやリスタン・ネグロなど、テネリフェ島の個性を映すワインが、それぞれの料理とどのような味わいの組み合わせを生み出すのか。一皿ごとに、ワインと中華料理のペアリングを楽しみました。
小籠包 × ビニャティゴ・リスタン・ブランコ 2024

香港で出合い、いち早くメニューに取り入れたという、マスター思い入れの一品。薄皮を破ると、豚肉の旨味が溶け込んだ熱々のスープがあふれ出します。
ペアリングは、カナリア諸島を代表する白ブドウ品種、リスタン・ブランコ。いきいきとした酸と火山島のテロワールを映すミネラル感が、豚肉の脂と濃密な旨味をすっと引き締めます。小籠包の余韻に寄り添いながら、次のひと口を誘うペアリング。
鮑のクリーム煮込み × マイペ・デ・タガナナ 2023

クリーミーなソースに鮑の滋味が重なる、奥行きのある一皿。ペアリングには、自根の単一畑から生まれる白ワイン「マイペ・デ・タガナナ」。
・カナリア諸島・テネリフェ島 唯一無二の畑──マイペ・デ・タガナナ
古木のリスタン・ブランコは、果実味だけでは語れない複雑さを備えています。ソースのまろやかさにワインの風味が重なり、鮑の旨味がより豊かに感じられます。料理のコクを受け止めながら、後味を引き締めるバランスが印象的でした。
牛肉の細切り味噌炒め・クレープ包み × ビニャティゴ・リスタン・ネグロ 2023

甘辛い特製味噌で炒めた牛肉を、薄いクレープで包んで味わう一品。合わせたのは、カナリア諸島を代表する黒ブドウ品種、リスタン・ネグロから造られる赤ワイン。
豊かな果実味にスパイスやスモーキーなニュアンスが重なり、味噌のコクと牛肉の旨味に呼応。ワインが料理を覆い隠すことなく、互いの個性を引き立て合うペアリング。
また訪れたくなる、あたたかな笑顔の余韻

この夜を彩ったのは、素晴らしい料理と、希少で個性豊かなワインの数々。それらを引き立て合うペアリングが、食卓に新たな発見をもたらしてくれました。
そして、この夜をさらに印象深いものにしていたのが、人と人との交流です。マスターの笑顔と軽妙なトークが場を和ませ、醸造家ファミリーを囲んで、参加者同士の会話も自然と弾みました。寺田ソムリエのサービスと北原料理長の料理が生み出す一体感のなか、ワインを味わう楽しみは、語り合い、分かち合う喜びへと広がっていきました。

さらに、ビニャティゴの日本輸入元、サラコーポレーション代表の内海紗良さんが、テネリフェ島で収穫に参加した際の映像も上映。ブドウ畑での作業風景からは、火山島の自然と向き合うワイン造りの現場が伝わってきました。
土地の個性はもちろん、歴史や気候、造り手の哲学まで、知るほどに奥行きを増すビニャティゴのワイン。その背景を自らの体験とともに伝える内海さんの姿勢が、グラスの向こうにある風景を身近なものにしてくれました。ワインを飲むことから、その土地を知ることへ。そんな広がりのある夜でした。
・【イベントレポート】4/22 Bodegas Viñátigoメーカーズディナー@水新菜館
(by Sara Corpration)
もう一つの魅力、ワインバー「水新はなれ 紅」

「水新菜館」のもう一つの魅力が、隣接するワインバー「水新はなれ 紅(ホン)」です。2018年9月にオープンしたこの店は、寺田泰行さんがオーナーソムリエを務める、ワインを主役に楽しめる空間。予約が難しい人気店としても知られています。
毎月テーマを設け、約10種類のグラスワインをセレクト。世界各地の多彩なワインをグラスで楽しめるのも魅力です。気になる産地や品種を試したり、寺田ソムリエと語らいながら新たな一本に出合ったり。中華料理を楽しんだ後の一杯はもちろん、こだわりのワインを目当てに訪れたくなる場所です。
「水新菜館」の町中華と、「水新はなれ 紅」の世界各地から選び抜かれたワイン。それぞれに個性を持ちながら、寺田親子のもてなしを通じてつながる二つの店。料理とワインの楽しみはもちろん、人との会話や思いがけない出合いが、食の時間を豊かにし、そして人生さえも豊かにしてくれる。私はそう感じています。
浅草橋で楽しむ、町中華と世界のワイン。何度でも足を運びたくなる理由が、ここにはあります。
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中華料理 水新菜館
📍 東京都台東区浅草橋2丁目1−1
Telf. 03-3861-0577
Web: 食べログ水新菜館
水新はなれ紅
📍 東京都台東区浅草橋2丁目1−1
Telf. 03-5839-2077
Web:https://mizushin-saikan.com/

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada