2月2日から4日まで、バルセロナで開催された高品質スペインワインの展示会「バルセロナ・ワイン・ウィーク(BWW)2026」。今年は初めて、ワイン業界の世界的権威ジャンシス・ロビンソン氏が登壇し、大きな話題となりました。
スペインを代表する著名なソムリエであり、ワインライター、教育者、研究者のフェラン・センテリェス氏との特別テイスティングは、会場でも注目の的に。今回は、最前列でこのセッションを取材したホアキン・パラ氏のレポートを元にお届けします。
二つの声、一つの物語スペインワインの現在と未来を感じる、
6本のワインとは?
ワインの世界を、ただ一杯のグラスで静止させてしまう人物がいるとすれば、それはジャンシス・ロビンソンです。そしてその隣に、エル・ブジの“生きる百科事典”フェラン・センテリェスが座っているなら、そこにあるのは単なるテイスティングではありません。過去・現在・未来を凝縮した、加速するマスタークラスです。
この試飲会は、私にとってどうしても逃せないものでした。そのために、ほぼこのセッションのためだけに、バルセロナ・ワイン・ウィークへ往復1,200km以上の旅をしました。ジャンシス・ロビンソンとフェラン・センテリェスに再会し、挨拶する価値が十分にあったのです。
会場は満席。アルムデナ・アルベカMWや、パブロ・アルバレス(テンプス・ベガ・シシリア)といった著名人も姿を見せました。そしてもちろん、テイスティングされるワインの造り手たちも同席していました。その中には、私の隣に座っていたエリアス・ロペス・モンテロ(ボデガス・ベルム)もいます。アイレンという品種に新たなイメージを与えた決定的な人物です。これは私だけの意見ではなく、この場でジャンシスもフェランもはっきりと認めていました。
ジャンシスの言葉が、今も私の脳裏に響いています。
「スペインワインは、素晴らしいカオスです。」

ただし、これは“混乱”という意味ではありません。絶えず変化し続ける、鮮やかなパズルのことです。ジャンシスは、自身の著名な『ワイン・アトラス』の編集者にとって、スペインは悪夢だと告白しました。毎年のように新しい地域やサブゾーン、スタイルが生まれるからです。
しかし私たちワイン愛好家にとって、それは楽園です。
かつての「大量生産と重い樽香の国」というイメージは遠い過去となりました。ロビンソンは今、スペインを羨望の眼差しで見ています。暑さや乾燥に耐える土着品種という宝を持ち、気候変動への秘密兵器として“標高”を備えているからです。
スペインがヨーロッパで二番目に山が多い国であることも、彼女は強調しました。若い頃、「標高500mを超える場所では良質なブドウは育たない」と言われたそうですが、スペインワインを知ってその常識は覆されたのです。
また、持続可能性への強いこだわりも印象的でした。ジャンシスは、無駄に重いガラス瓶を批判するために、試飲するボトルの重量を測っているとまで語りました。
こうしてジャンシスとフェランは、スペインが誇る多様性を示す6本のワインへと私たちを導きました。
それは、ワインの歴史が“受け継がれた知識を新しい問いにさらしたとき”に進むのだということを証明する試飲会でもありました。
二つの声、一つの物語
ジャンシス・ロビンソンは背景、記憶、そして世界的視点をもたらしました。ある時代に下された決断、原点を裏切らずに時代を読み取った造り手たちについて語ります。
一方フェラン・センテリェスは、その鋭い官能的精度で、それらを味覚の言語へと翻訳しました。ワインを食体験と結びつけ、“意識的な楽しみ”へと導いていきます。
二人の対話は自然で、そこに序列はありませんでした。畑とそれを耕す人々への敬意を共有するプロフェッショナル同士の会話そのものでした。
未来を指し示す6本のワイン
ジャンシスは6本のボトルを選び、なぜスペインが今まさに最良の瞬間にあるのかを語りました。以下は私自身のテイスティングと、その場で語られた視点を重ねた記録です。
1. グラモナ・セリェール・バトリェ 2015(コルピナット)
時間と忍耐への挑戦

ジャンシスは、スペインのスパークリングが、忍耐さえあればシャンパーニュに引けを取らないと語りました。
黄金色の液体、極めて繊細な泡。香りにはリンゴのコンポート、ブリオッシュ、ナッツやハーブの熟成香。口に含むとクリーミーで、泡はムースのように溶け込みます。電気のような酸が骨格となり、永遠の生命を与えています。
2. ラファエル・パラシオス “オ・ソロ” 2023(バルデオラス)
標高に見出す「グラン・クリュ」

標高700m超の畑。ゴデーリョの精密さは、ジャンシスがブルゴーニュの偉大な白に例えるほどです。
ミネラル、白い花、ウイキョウ、核果のニュアンス。味わいは垂直に伸びるように緊張感があり、塩味を帯びた余韻が続きます。
3. ヴェルム “ラス・ティナダス” CVC(シウダー・レアル)
軽視されたものの再発明

ジャンシスは「世界で唯一無二」と断言しました。
アイレンという最も植えられながら軽んじられてきた品種が、エリアス・ロペス・モンテロの手によって世界級へと昇華しています。土器のアンフォラ熟成が、木樽のように呼吸を与えながらも香りを“化粧”しません。
香りは石灰質のミネラル、野草、カモミール、熟した白い果実。口中には丸みと塩味。まさに“本物”を求めたワインです。
4. ロペス・デ・アロ クラシコ・ロサード・グラン・レセルバ 2013(リオハ)
色ではなく魂

トンドニアのような熟成ロサードの系譜。ロゼは若さだけのものではないと示します。
淡いサーモン色。香りはオレンジピール、スパイス、葉巻箱、乾いた花。10年以上を経ても驚くほどのフレッシュさ。赤の骨格と白の魂を併せ持つワインです。
5. セリェール・デル・ルーレ “ラ・ペブレリャ” 2024(バレンシア)

葡萄畑の考古学と未来
ほぼ絶滅していたフォルカリャとアルコスを復活させたパブロ・カラタユの功績。
香りは地中海の低木、タイムやローズマリー。酸味のある赤果実。味わいは緊張感に満ち、タンニンは細く、驚くほどの清涼感を備えています。
6. ベガ・シシリア “ウニコ” 2016(リベラ・デル・ドゥエロ)
神話は進化する

最後は伝説。
ジャンシスは、ベガ・シシリアが不動の価値でありながら、樽の影響を抑え、より精密でエレガントな方向へ進化していると語りました。
黒い果実、バルサミコ、メントール、革、葉巻箱。口当たりは絹そのもの。しかし40年先を約束する構造がそこにあります。
多様性の国、過去の品種が未来を照らす

フェラン・センテリェスがまとめたように、スペインはもはや「安くてそこそこ」の国ではありません。
多様性、土着品種の復興、そしてようやく確立されたアイデンティティの国です。古樹という宝と、若い才能が地図を書き換えています。
そして世界で最も影響力ある批評家が「スペインのカオスは素晴らしい」と言うのなら、私たちが否定する理由などあるでしょうか。
最後に、この試飲会を実現したバルセロナ・ワイン・ウィークのチームに祝意を表します。そしてジャンシス・ロビンソンとフェラン・センテリェスは、間違いなくワインについて最も多くのページを書いてきた二人でしょう。
Joaquín Parra ホアキン・パラ WINE UP
【原文はこちら】

Ikumi Harada 原田郁美
Journalist & Creative Director
スペインワインとガストロノミーを専門とするジャーナリスト。広告代理店でデザイナーとして経験を積み、クリエイティブな視点と戦略的思考を身につける。2005年のスペイン留学を機にワインと食文化に魅了され、以来その研究と発信に力を注いでいる。2009年から日本およびアジア市場におけるスペインワインの輸出・プロモーションに携わり、2011年「スペインワインと食協会」を設立し普及と市場発展に努めている。2012年よりプリオラートでワイン造りに取り組み、2024年に自らの初ヴィンテージを発表。2025年からバルセロナの国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」の運営メンバーとして活動。WSET® Level 3、Spanish Wine Specialist(ICEX認定)。山口県出身。
@ikumiharada