森本美雪ソムリエに聞く─火山島テネリフェの魅力とワインペアリング
スペイン最高峰のテイデ火山が生んだ大地、大西洋から貿易風(アリシオス)が吹き抜ける急斜面のブドウ畑──カナリア諸島・テネリフェ島には、ここでしか味わえないワインの個性があります。10月18日、コンラッド東京のエグゼクティブソムリエで、日本を代表する若手ソムリエの森本美雪さんとこの島を訪れました。森本さんとブドウ畑や醸造の現場を巡りながら、その土地とワインの魅力、そして森本さんならではの視点をじっくりと伺いました。 森本美雪(もりもと・みゆき)さんプロフィールコンラッド東京 エグゼクティブソムリエ 神奈川県生まれ。ホスピタリティ専門学校でレストラン専攻後、フレンチレストランで研鑽を積み、2014年にコンラッド東京のソムリエチームに加わる。その後、オーストラリアとニュージーランドでの勤務を経て、2019年に再びコンラッド東京へ復帰。2023年より、ホテル全体のビバレッジオペレーションを統括する。2022年には、マスター・ソムリエ(MS)およびマスター・オブ・ワイン(MW)受験者のために世界でわずか4名に授与される「ドン ペリニヨン・ゴールデン・ヴァインズ・マスター・オブ・ワイン&マスター・ソムリエ・スカラシップ」を獲得。翌2023年には、卓越した技能者に贈られる令和5年東京都優秀技能者(東京マイスター)を受賞。2025年、ASIアジア・パシフィック最優秀ソムリエコンクールに日本代表として出場。コンラッド東京エグゼクティブソムリエとして、国内外で日本のソムリエ界を代表する存在として活躍している。 テネリフェ島の人と大地──自然体で生まれるワインと食 森本さんにとって、スペインを訪れるのは今回で三度目。しかしカナリア諸島、そしてテネリフェ島は初めての訪問でした。 ―地元の方々との交流で、特に印象に残ったことはありますか? 「これまでで最も地元の方々との結びつきを感じました。食文化も日本に近く、素材の持ち味を生かした調理法が多いので、日本の方にもとても馴染みやすい土地だと思いました」と森本さん。 テネリフェ島では、海風に吹かれる畑や活気ある市場を歩きながら、島の人々の暮らしや食への愛情が自然と伝わってきたそうです。スペイン本土のクラシックな料理とはまた違う、素材を大切にする繊細さが、ワインと料理の魅力をより身近に感じさせる、と森本さんは語ります。 2025年は特別なヴィンテージに─家族の絆と情熱のワイナリー 訪れたのは、カナリア諸島を代表するワイナリーのひとつ、ボデガス・ビニャティゴ。 「オーナーのフアン・ヘススさんと醸造家である奥様のエレナさん、スタッフの皆さんが一丸となってワイン造りに取り組んでいて、本当にアットホームな雰囲気でした。世界的に有名なワイナリーでありながら、『特別なことをしている』という意識はなく、日常の延長として良いものを生み出す。その姿勢に心を打たれました」と森本さん。 訪問の最中には、ワインの仕込み作業に参加させてもらえる機会もありました。 「ソムリエになって10年以上になりますが、仕込みを手伝わせていただくのは初めての経験です。2025年は自分にとって特別な“ヴィンテージ”になりそうです」と、森本さんはうれしそうに微笑みました。 火山性土壌が生む、白ワインの透明感と奥行き 「訪問前から、テネリフェの白ワインは特にクオリティが高いと感じていました。でも、現地で実際にテイスティングすると、その完成度は想像を大きく超えていました」と森本さん。 溶岩が流れた跡地や標高差によって生まれる多様なテロワールは、ワインに複雑で繊細な奥行きをもたらします。「1100万年以上前の古い土壌の個性が、味わいのひとつひとつにしっかりと映し出されていました。どのワインも、この土地ならではのテロワールの魅力が際立っています」と森本さんは語ります。 ラデラス・デ・テノが映す火山性土壌の個性 森本さん、ビニャティコ゚のフアン・ヘスス氏、銀座レカンの近藤さんテノの急斜面の畑にて 中でも森本さんの印象に残ったのは、ビニャティゴのシングルビニヤードシリーズ。その中で唯一の赤ワイン、「ラデラス・デ・テノ」の畑について、森本さんは目を輝かせながら語ります「テノの畑は標高が高く、火山岩や山の影響を強く受けた場所です。テラス状の畑の一番下に植えられたビハリエゴ・ネグロから、一番上のバボソ・ネグロまでの標高差や、1100万年以上前の古い土壌の個性がワインに見事に反映されていて、世界のどこに出しても、ワインに携わる方はもちろん、一般の方でも驚きを覚えるようなワインだと思います。」 ―火山性土壌はワインにどのような影響を与えると感じられましたか? 「これまでも火山性土壌は、特に白ワインでその個性をはっきり映し出すと感じていました。今回、シングルヴィンヤードシリーズのひとつ、リスタン・ブランコの「カミノ・デ・ラ・ペニャ」など"カミノ・デ・ラ・ペニャ"など若い土壌(160万年前のもの)のワインをテイスティングし、改めてその力を実感しました。ファーストノートだけでなく、余韻まで続くマッチを擦ったような香り、心地よいスパイス感、太めのストラクチャを感じさせる酸の出方が、本当に長い余韻を生み出しています。他の石灰岩の土壌と比べても、火山性土壌の恩恵がここまでワインに反映されているのは特にビニャティゴのワインの特徴だと思います。」 カナリア諸島のワイン─日本で広がる可能性とは 「やはり生産量が少ないため、世界中でアンテナを張るソムリエたちの間で取り合いになってしまうと思います。せっかく素晴らしいワインで、多くの人に知ってほしいと思っても、日本で紹介できる機会は限られてしまいます。 まずは、お客様に安定して提供できる環境を整えることが大切です。そのうえで、この産地はストーリーテリングが豊かで、世界でも珍しい魅力を持っています。ですから、まずはソムリエやワインショップのスタッフなど、ワインを本当に愛する人たちがしっかり学び、その魅力を伝えていくことが重要だと思います。そうすることで、人々が「行ってみたい」「飲んでみたい」と思える下地を作ることができるのです。生産量の安定と、この下地作りが、日本市場で広がるためのポイントになると考えます。」 森本美雪さんに聞く、コンラッド東京のレストランとビニャティゴのワインのお勧めのペアリング 「中華ですと、シングルヴィンヤードシリーズ、棚仕立てのリスタン・ブランコ “カミノス・デ・ラ・ペニャ”もそうですし、シングルヴィンヤードシリーズ唯一の赤、”ラデラス・デ・テノ”は鴨肉との相性がすぐに思い浮かびます」と森本さん。「コンラッド東京の中国料理『チャイナブルー』では、一般的な北京ダックではなく、鴨のコンフィを使ったシグネチャーディッシュ“東京ダック”がありまして、鴨のコンフィにパイナップルと揚げ湯葉を合わせ、自家製のクレープで手巻き寿司のようにいただく一皿です。甘味噌やピスタチオの食感が加わることで、クリスピーさやクランチーさとともに、鴨のフレーバーが”ラデラス・デ・テノ”の持つ血液的なニュアンスや豊かな酸と見事に調和します」と、目を輝かせながらおすすめの料理を教えてくださいました。「日本食でしたら、今の季節はカツオがとても美味しいですね。シンプルに藁焼きにしたカツオは、わずかにいぶした香りがあって、ビニャティゴのワインが映し出す火山性土壌のスモーキーな印象─まるでマッチを擦ったような香ばしさ─と非常によく馴染みます。さらに、コンラッド東京の寿司職人が瞬間燻製してくれるマグロを少しだけスモークして合わせても、素晴らしい相性になると思います。」 最後に カナリア諸島には、なんと80種類以上もの固有品種が存在すると言われています。世界でもここにしかないブドウ品種がいくつもあり、プロでさえ初めて耳にする品種に出会える─常識を覆すような多様性に満ちたこの土地は、世界中の専門家や科学者たちから、熱い視線が注がれています。 森本さんは、それらの難解なブドウ品種の名前をまるでスポンジが水を吸い込むように吸収し、豊富な経験に裏打ちされた確かな感性で、印象的なテイスティングコメントや緻密なペアリング提案を次々と聞かせてくださいました。そのひとつひとつの言葉から、新しい気づきと学びをいただきました。 火山と海に抱かれた島で、人々は自然とともに生き、誠実にワインを造り続けています。その姿勢に深い敬意を示し、温かな眼差しで語る森本さんの姿から、この島の新たな魅力を見つけることができました。 常春の楽園、カナリア諸島の火山島で生まれたワインが、日本のレストランや食卓に新しい風を運んでくれる日を、心から楽しみにしています。筆者自身も、コンラッド東京「チャイナブルー」の“東京ダック”を、このワインとともに味わいたくて、今から待ちきれません。 ぜひ、森本美雪ソムリエがいらっしゃるコンラッド東京で、テネリフェ島のワインとお料理が織りなす、特別な出会いを体験してみてはいかがでしょう。 ーーーーーーコンラッド東京📍 105-7337 東京都港区東新橋1丁目9−1中国料理チャイナブルー【関連記事】【テネリフェ島レポート】火山性土壌がもたらす香り—ビニャティゴの視点【カナリア諸島のワイン】世界の注目と、フィロキセラへの挑戦ビニャティゴ~カナリア諸島の固有品種を絶滅の危機から救ったワイナリー【世界が注目】火山島ワイン、テネリフェ「ビニャティゴ」来日セミナー「LA GALERIE(ラ ギャルリィ)」火山島テネリフェのミクロクリマと歴史、そしてエノツーリズム Ikumi Harada 原田郁美Journalist & Creative Director スペインワインとガストロノミー専門ジャーナリスト。大学卒業後、広告代理店でデザイナーとして、クリエイティブな視点と戦略的思考を培う。2005年から留学を機にスペイン食文化に魅了され、その研究に人生を捧げる。2009年から日本・アジア市場でスペインワインの輸出とプロモーションに従事。2011年に「スペインワインと食協会」を創設、スペイン食文化の普及と市場拡大に寄与している。2012年、プリオラートでワイン造りを始め、2024年に自らの初ヴィンテージをリリース。2025年より、バルセロナにて国際ワインコンクール「Barcelona Wine Test」を主催予定。WSET® Level...