本連載 “Spanish Lifestyle“では、
筆者がジャーナリスト兼学び手として
スペインのワインとガストロノミー界の権威である
フアン・ムニョス先生に同行し、学びの旅へ出かけます。
スペイン流のライフスタイルが
あなたの人生をより豊かに彩るレシピとなりますように—。
さあ、一緒にスペインの旅にでかけましょう。

スペインワインの今と、これからを語る―ソムリエ 菊池貴行氏インタビュー

スペインワインの魅力を、日本へ。菊池貴行ソムリエ、バルセロナでインタビュー


2017年にストックホルムで始まった「スターワインリスト」は、世界中の優れたワインバーやワインレストランを紹介する、プロフェッショナルのための国際的なワインガイドです。その年ごとに最も優れたワインリストを称える「Star Wine List of the Year」が開催され、ついに2025年、日本もその歴史に名を連ねることになりました。


その初開催となる日本大会に、バルセロナの最先端ガストロノミーを東京・市ヶ谷で表現するTinc gana (ティン ガナ)の菊池貴行シェフソムリエは思い切ってエントリー。名だたるレストランが並ぶ中での挑戦に、「恐縮ながら」と謙虚に語りながらも、見事シルバーを受賞。錚々たる顔ぶれの中で唯一のスペインレストランであるティンガナが提出したワインリストは、グラスワインにおいては100%、全体でも約9割をスペインワインで構成。その内容は、クラシックからナチュラルまで、北から南まで、スペインワインの多様性と現在を映し出す見事なセレクションでした。スペインワインの奥深さと可能性を一貫して伝え続けてきた菊池ソムリエの姿勢が、高く評価された結果と言えるでしょう。

スペインワインの魅力を日本で長年発信し続けてきた、伝道師的存在の菊池貴行ソムリエ。そんな菊池氏と、今年2月にバルセロナで開催された「Barcelona Wine Week 2025(BWW)」の会場で再会、スペインワインの現在、そしてこれからの可能性についてお話を伺いました。


原田:
Barcelona Wine Week では「高品質なスペインワイン」がテーマとして掲げられていましたが、菊池さんご自身は、“高品質なワイン”とはどのようなものだとお考えですか?

菊池ソムリエ:
今回のBWWでは、原点回帰と言いますか、より自然な造りでテロワールへの忠実さが感じられ、それがサスティナブルの点でも未来へ貴重な財産として残す。そこに造り手の情熱も加わり、その流れが高品質ワインにつながっていると思います。


原田:

長年にわたりスペインワインに携わってこられた中で、日本市場の変化や、特に人気が高まっている産地や品種にはどのような傾向がありますか?

菊池ソムリエ:
もう20年以上、現場でスペインワインと向き合ってきましたが、当時は力強さや長い熟成、そしてコストパフォーマンスの良さが主に評価されていたと思います。
それが今では、料理の傾向もより軽やかになってきており、ワインにも自然な造りが求められるようになっていますね。
人気が高まっている産地としては、ガリシアをはじめとする北西部のメンシアや、マドリード周辺で造られる冷涼スタイルのガルナッチャなどが挙げられます。
また、最近注目されているのがカナリア諸島などの島のワインです。火山性土壌由来のミネラル感があり、日本人の味覚にもよく合う印象です。


原田:
昨年からはDO CAVAのアドバイザーとして、プロフェッショナル向けのマスタークラスでも日本食とのペアリングをご紹介されていますね。特に「これは驚いた!」というような組み合わせがあれば、ぜひ教えてください。

菊池 ソムリエ
カバは本当に奥が深いですね。特に今年から、レセルバ・スーペリオール以上のカバにはオーガニックが義務付けられるという背景もあり、熟成期間の長いタイプを扱うことが増えています。その熟成によって生まれる酵母由来の旨み成分が、和食における出汁の旨みと非常に相性が良いんです。

たとえば、揚げ出し豆腐や茶碗蒸し、若竹煮のような料理とは驚くほど自然にマッチします。一皿だけでなく、複数の小鉢が並ぶ日本の家庭料理の中にも違和感なく溶け込むのは、本当に面白いですね。まさに「旨みの共演」と言えると思います。

原田:
今後、日本におけるスペインワイン市場がさらに発展していくためには、どのような点が鍵になるとお考えですか?

菊池 ソムリエ
私がこの仕事を始めた頃と比べると、「アヒージョ」などの言葉も一般に浸透してきていて、スペイン料理やワインの認知度は確実に高まっていると思います。
とはいえ、スペインには本当に多様なスタイルの造り手が存在していて、伝統と革新が同時に息づいているのが魅力です。また、タパスやパエリアのように、日本人にもなじみやすい料理が多いのもスペイン料理の強み。こうした料理とワインを一緒に楽しめる場をもっと増やしていけたら、多くの方にスペインワインの魅力を自然に届けられると思います。

原田:
菊池ソムリエの言葉から、スペインワインへの深い愛情と造り手への敬意、そして日本にその魅力を伝えていく強い意志がひしひしと伝わってきました。ぜひ、これからもご一緒にスペインワインの魅力を分かち合い、広げていけたら嬉しく思います。貴重なお話を、本当にありがとうございました。

最後に

改めまして、この度は「Star Wine List Japan 2025」でのシルバー受賞、誠におめでとうございます。今後のご活躍にもますます期待が高まります。心から応援しています。


菊池 貴行(きくち たかゆき)氏

ティンガナ マネージャー兼シェフソムリエ。東京・深川出身。大学時代にスペイン料理店「スペインクラブ」でスペインワインの魅力に目覚め、本場を知るべく渡西。帰国後、2004年に開業したミシュラン星付きレストラン「サンパウ日本橋」のソムリエとして勤務、バルセロナ本店での研修を経て、2006年にシェフソムリエ就任。2007年には、スペイン政府貿易投資庁(ICEX)主催の第1回シェフ養成プログラムにおいて、日本代表かつ唯一のソムリエとして国費留学。リオハの二つ星「エチャウレン」、アンダルシアの「アトリエ」などで研修を重ねながら、ワインの生産者とも深く交流を持つ。第4回マドリッド・フシオンでは、国際ソムリエコンクールの実技審査員を務めた。2010年、初代「カヴァ騎士団(シュバリエ)」に叙任。2021年「ボバル大使」、2024年「カバ・アドバイザー」に選出。ICEX公認のSpanish Wine Specialistとして、雑誌寄稿やワインセミナー、スクール講師としても幅広く活躍中。

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Tinc gana (ティンガナ )
住所:東京都千代田区六番町4-3 GEMS市ヶ谷 1F
@tinc_gana_tokyo



フアン先生オススメのワイン

CAVA GRAN RESERVA FINCA LA SIBERIA ― 絹のようなエレガンス


このキュヴェをひと言で表すなら、それは“絹のようなエレガンス”。
単一畑「ラ・シベリア」から生まれるこのグラン・レゼルバは、ピノ・ノワール100%。瓶内で5年以上、酵母とともに静かに熟成された、まさに特別なカヴァです。ちなみにこの“酵母”は、スペイン語で「マドレス(母たち)」と親しみを込めて呼ばれています。

ブルゴーニュのような冷涼地とは異なり、ここは地中海性気候の恩恵を受けたバランスのとれた土地。そんな環境で育つピノ・ノワールは、畑によってはすでにブドウの段階から気品と滑らかさを備えており、「ラ・シベリア」はまさにその典型です。シルクに触れたときのような繊細さと優美さ──それがこのカヴァの真髄です。

ぜひ、ふくよかなボウル型の白ワイン用グラス、あるいは縁の広いカリス型のグラスで楽しんでください。5年以上の時を経て瓶の中に秘められてきた香りと味わいが、ゆっくりとグラスの中で開いていきます。

野イチゴやカシス、スグリといった赤・黒系果実のニュアンスに、地中海のハーブ、ほのかにスパイスを感じさせる余韻。コンフィのような甘みと、心地よい酸のバランスが全体に清涼感をもたらし、口当たりはとてもなめらか。それでいてしっかりと旨みもあり、実に魅力的で複雑な味わいです。

ペアリングの提案も、遊び心を忘れずに。今が旬のウエルバ産の苺に、ほんの少しの鴨のフォアグラを添えて。地中海産の本マグロのトロや、見事にサシの入った和牛にもよく合います。でも、ときにはワインだけを片手に、海辺や街のテラスで満月の夜を楽しむのも素敵です。大切なのは、私たち人間が自らの手で、ポジティブで心に残る瞬間を創り出す力を持っているということ――そして、そこに寄り添ってくれるのがこの一杯のカバであれば、それ以上の幸せはありません。

SALUD Y AMOR…..MUCHO AMOR
フアン・ムニョス – あなたのソムリエ



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Ikumi Harada
Journalist & Creative Director 

スペインワインとガストロノミー専門ジャーナリスト

大学卒業後、広告代理店でデザイナーとして、クリエイティブな視点と戦略的思考を培う。
2005年から留学を機にスペイン食文化に魅了され、その研究に人生を捧げる。2009年から日本・アジア市場でスペインワインの輸出とプロモーションに従事。2011年に「スペインワインと食協会(AGE)」を創設し、クリエイティブディレクションや執筆を通じてスペイン食文化の普及と市場拡大に寄与している。2012年、プリオラートでワイン造りを始め、2024年に自らの初ヴィンテージをリリース。2025年より、フアン・ムニョス氏と共同企画「Spanish Lifestyle」連載開始。WSET ® Level 3, Spanish Wine SpecialistICEX認定)山口県出身。