スペイン・トレドの田舎町に、知る人ぞ知るレストランがあります。地元の人々に愛され、遠くからの訪問者をも魅了する、その店。派手な看板はもちろん、華やかな装飾もありません。けれど、ここには確かな料理と、シェフやスタッフたちの情熱があるのです。

わたしがこの店を知ったのは、トレドを訪問した際にマンチェゴチーズの生産者が連れて行ってくれたからです。「自慢のマンチェゴでつくられていて、すごい賞を受賞したスイーツがあるよ」と。車でオリーブ畑が広がる大自然を抜けて、トレドの田舎道を進んでいきます。緩やかな丘陵地帯を抜け、素朴な風景の中にぽつんと現れたのは、一軒のレストランです。

後から知ったのですが、このレストランが美食の舞台で注目を浴びたのは、「2024 年ベスト イベリコハム コロッケ マドリッド フュージョンのファイナリスト」に選ばれたことがきっかけだそうです。さらに生産者が教えてくれた「2024 年ベスト マンチェゴ チーズケーキ IV コンテストの優勝者」という栄誉にも輝いているのです。美食の都・マドリードで行われるこのコンテストで、星付きの名店と並んで評価されたのだから、その実力は本物に違いないでしょう。
心地よい活気と、温かいおもてなし
店に入ると温かみのある活気があります。すでに席についている地元客たちは、ワインを片手に笑い、料理を楽しんでいる様子です。
スタッフは、キビキビと忙しく動き回っています。その動きを少し見るだけで、ホールとキッチンの連携が素晴らしく、料理が運ばれるタイミングも良さそうなことが伝わってきます。まだ何もいただいていませんが、ただ料理を提供するだけではなく、ゲストが心から楽しめるようにと気を配る姿勢があるレストランだとわかります。
わたしたちが席につくと、明るい笑顔で声をかけてくれました。観光客が訪れることも多いようです。わたしたちが初来店だと察したスタッフは、親切にメニューの説明をしてくれました。

お客様がいない時に撮影した店内
「絶品」だけでは、もう言葉が足りない、イベリコハムのクロケッタ
最初の一皿目から、驚いてしまいました。郷土料理のような穏やかな優しい料理を想像していたからです。しかし登場したのは、都心にいると錯覚しそうなくらいに斬新で目をひくプレゼンテーション。一度見たら忘れないであろう、インパクトのあるお皿。その皿の上には、黄金色の小さなクロケッタが、上品に並べられています。

一気にワクワクした気持ちが溢れる中、ひとくち頬張ると、サクッとした音のあとに、クリーミーなベシャメルソースが溶け出しました。そしてイベリコハムの深いコクと香りが一気に口の中に広がってきます。
「これは、ただのクロケッタではない」そう、わたしの直感が訴えてきます。 生産者たちと話の途中でしたが、一瞬、食べることだけに集中してしまったほど。揚げ物なのに重さがなく、塩加減も絶妙。イベリコハムの旨みを最大限に引き出しているからです。シンプルに見せかけて、実は緻密な計算の上に成り立っている味わいです。
日本に持ち帰り、我が子に食べさせてあげたい。絶対に無理だとわかっている想像が浮かんできたのを覚えています。

その後ペドロシェフ(Chef:Pedro Trujillo)が次のお皿を運んでくださったときに「このクロケッタの味わいに感動しました」と、伝えました。するとシェフは、「2024 年ベスト イベリコハム コロッケとして、マドリッドフュージョンでファイナリストに選ばれたものです。ちなみにほかのファイナリストは全部ミシュランの星付きレストランでした」と教えてくれました。

ああ、やっぱり!大切な話しをしているところでしたが、待ってもらってシェフに伝えてみてよかったです。ただの美味しいクロケッタとして、素通りできませんでしたから。間違いなく、このクロケッタは忘れられない味わいです。

その後も、アイディアに溢れる魅力的な料理が最後まで続きました。その一皿ごとのインパクトには、絵画のような美しさ、ユニークさ、と、さまざまな工夫が施されています。

動画が掲載できないのですが、スモークの中から登場する一皿も印象的でした。


マンチェゴチーズケーキがもたらす、幸福な余韻
食事の締めくくりに、噂に聞いた味わいが登場します。「2024 年ベスト マンチェゴ チーズケーキ IV コンテスト優勝」に輝いた、あのチーズケーキです。
マンチェゴチーズといえば、カスティーリャ・ラ・マンチャ地方の特産。スペインを代表する羊乳チーズです。その濃厚な旨みとナッツのような香ばしさを生かしたチーズケーキ、しかもコンテストで優勝したものとは、一体どんな味なのでしょうか。

運ばれてきたケーキは、一見するとシンプルです。けれど、とても繊細なつくりであることがその側面を見れば理解できました。時間を置いてはならない、そこでしかいただけない味わい。まさにレストランのデザートです。
スプーンを入れると、ふわりとした柔らかさの中に、しっとりとした密度が感じられ、チーズの香りもグッと漂ってきます。
ひと口いただこうと、口に近づけただけで香りが感じ取れました。その風味の豊かさ、存在感のある証拠です。実際に味わってみると、マンチェゴチーズの塩味が効いていて、甘さとのバランスがなんとも絶妙なニュアンス。普通のチーズケーキとはまったく違い、口の中でゆっくりと溶けながら、深いコクと芳醇な香りをしっかりと残していきます。
これは単なるデザートではなく、まるで一つの完成された料理のようでした。 余計な装飾がなく、素材の良さを最大限に引き出そうと考案されたことがわかります。
すでに満腹ですが、せっかくだからと、もう一種デザートを楽しみました。

CHEESECAKE DE CHOCOLATE BLANCO y polvo de remolacha
トレドで、この店に出会えた喜び
レストランでの食事を終えて、改めて思いました。
若く才能のあるシェフが、全力で腕を振るい、スタッフが一丸となって最高の料理を提供しています。そんな真剣な仕事ぶりが、食べる人に伝わり、感動を生むのだろうと。
料理のプレゼンテーションも美しく、サービスのホスピタリティも申し分ないのです。ここには「美味しいものを、最高の状態で提供したい」という情熱が詰まっていることがお皿を通して伝わってきます。 「トレドを訪れるなら、この店は絶対に外せない。いや、この店でまた味わうために、トレドへ行く理由をつくりたい」と、断言したいくらいです。
美食とは、味覚に加えて、心や身体までも満たすものだと感じています。このレストランは、そういう想いを改めて気づかせてくれました。このチーズの生産者も初めての来店だったそうですが、あまりにも大当たりのレストランだったことに驚いていました。
心に響く味わい、そしてそれを生み出す方々との出会いは、人生を豊かにしてくれると確信しました。そして、今回のように人と人のつながりがもたらしてくれる出会いこそ、リアルな体験の醍醐味と言っても過言ではないかもしれません。

LOS TRUJIS
https://www.lostrujis.com/
Instagram:@restaurante_lostrujis
Tomoko Kato
Editor-in-chief
福岡県出身のフードジャーナリスト、インポーター。
1997年からシェフやワイン販売などの経験を積み、調理師免許を取得。青山の老舗レストランではワインのトップセールスとして活躍し、その後リストランテ「アクアパッツァ」にて広報・PRを担当。2009年、スペイン産オリーブオイルに一目惚れして「LA PASION」を立ち上げ、今年で16年目を迎えるインポーターとして多くの顧客に恵まれている。2011年には「スペインワインと食協会」を設立し、30回以上のプロモーションを手がける。スペイン・アンダルシア州政府から、世界一のオリーブオイル展示会にプレスとして正式招聘され、取材・執筆を担当。特に「スペインワインと食大学」は告知と同時に満席になる人気講座として好評を博している。現在はWebマガジン「LOHASPAIN」の編集長として、スペイン食文化やワインの魅力を国内外に発信中。